【お知らせ】Firefoxでの記事閲覧について

ビジネス

2022.09.08 17:00

リクルートCEO出木場久征の出世論──決めるのは自分じゃない

shutterstock.com

創業から50年以上が経っているにもかかわらず、今も積極果敢な事業展開で成長を続けるリクルート。グループ従業員数は5万人を超え、連結売り上げ収益は 2兆8000億円を超えます。そんなリクルートホールディングスの代表取締役社長兼CEOに45歳で就任したのが、出木場久征(いでこば・ひさゆき)さんです。

入社13年目の36歳にして17人しかいない執行役員の一人に任命され、全社Web戦略室室長時代に、米国の「indeed(インディード)」の買収を担当。日本企業による海外企業のM&Aは運営が極めて難しいとされますが、チェアマンに就任すると成長を一気に加速させました。

こんな経歴を聞くと、さぞやエリート畑を歩んできたのかと思いきや、まるで違っていました。リクルートホールディングスの執行役員時代にインタビューをした時には、こんなエピソードから始まったのです。

「僕は鹿児島出身で、父親が瓦屋をやっていたんです。小学校のときから手伝いをさせられていたので、おそらく(リクルート本社のある)丸の内周辺では、僕が一番上手に瓦を葺(ふ)けるサラリーマンだと思いますよ(笑)。でも、家は裕福ではなかった。焼肉を初めて食べたのは、中学のときでした。あれは、本当にうまかった(笑)」

1999年に早稲田大学商学部を卒業すると、出木場さんはリクルートに入社します。

「売れる」先輩から学んだ、営業のヒント


「もともと3年くらいで辞めて起業しようと思っていたので、『一番キツイところに配属してください』と言いました」

ところが、最初の配属は想像を超えたものになります。同期の行き先は部門名でしたが出木場さんの行き先には名称の前に「株式会社」が付いていたのです。中古車情誌「カーセンサー」の営業専属代理店への出向でした。

「いきなり最初の週から八王子・多摩エリアを与えられて、『飛び込み営業してこい』と。これはキツかった。同期がもう1人いたんですが、すぐに辞めてしまいました」

この出向先で過ごした期間は、なんと5年。 3年間は営業、 2年間は営業企画でした。当時はできるだけ効率的にやることをいつも考えていたと語ります。

営業のヒントは、「売れる」先輩から学んだといいます。その先輩はクルマの販売店に行くと、そのお店が伸びるかどうかをすぐに見抜いていました。目を向けていたのは車種。カスタマーに人気の車種をよく知って、その有無で店を判断していたのです。

「どうしてパッと見て分かるんですか、と聞いたら、『お前も10年やってればわかる』と言われて。でも、僕は10年もかかるのは嫌だな、と思ったわけです。それで目をつけたのが、インターネットでした」

Webサイト上のデータを分析することで、どんなクルマにページビューが集まっているか、どの色が人気か、中古車価格はどのくらいが相場か、自分でマッピングし始めます。
次ページ > どっちが世の中に求められているか

文=上阪徹

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事