「休んでも会社は回っていた」
人生の転機を尋ねると、入社7年目の出来事を教えてくれました。病気で倒れたのです。
「十二指腸潰瘍でした。放っておくと穴があいて、腹膜炎を引き起こす。死に至る危険もあったのですがその直前でした。40度の熱で倒れて、救急車で運ばれて、3週間入院しました」
2日間、意識が混濁。そして目が醒めたらすぐ、担当医にこう言ったそうです。僕は会社ですごく大変な役割を担っている。僕がいないと会社が困る。いつ帰れますか?早く帰れるようにしてください、と。
すると、担当医は激しく怒りました。
“お前みたいなヤツを治すのが、一番嫌いなんだ。見てみろ”
担当医の視線の先には、まだ生まれて数カ月の出木場さんの娘の姿がありました。
“こんなお子さんがいて、奥さんもいて、あんた、死んでたかもしれないんだぞ。たまたま死ななかっただけだ。どうしてこんなに放っておいた。お前みたいなヤツは、治してもまた戻ってくる。もう一度、ちゃんと人生を考え直せ”
担当医にこう言われた出木場さんは、大きなショックを受けます。
「ずっと休んでも会社は回っていた。あれ、意外と大丈夫なんだな、と。3週間、寝たきりだったので、妻に図書館で哲学や宗教、歴史の本を借りてきてもらって、むさぼるように読みました。このときに思ったんです。ああ、もう死んでたかもしれないから、あとはロスタイム。ここから先は、本当に自分のやりたいこと、自分のいいと思うこと、世の中に貢献できることだけに時間を使おうと」
出木場さんが史上最年少の36歳で執行役員になるのは、この6年後のことです。しかし、この昇進も本人はなんとも思っていませんでした。
「興味ないですね。ときどき『どうやったら偉くなれますか?』と聞かれることがありますが、そういうことを考えていると偉くなれないんじゃないかな。決めるのは、自分じゃないので。大事なことは、きっちりいい仕事ができる人間を目指すこと。それから、できる人間がちゃんと活躍できる場がある会社にいることだと思います」
余計なことを考える前に、目の前のことをちゃんとやる。そうすれば、結果はついてくる。出木場さんは、そうやって社長にまで登り詰めたのです。