マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」 幻となった東京ドーム公演の秘話

マイケル・ジャクソン(Photo by Brian Rasic/Getty Images)

2009年3月5日、市場を確認するために先ず10回の公演が発表された。チケットは即完売して、11日に40回の追加公演が告知され、3カ月の中休みを経つつ2010年3月6日まで開催されるはずだった、全50公演のチケット完売は確実と見られていた。

続いて、マイケルとAEG社は、北米ツアーまでの間の公演地を、出来るだけ長期の複数回公演を移動無しで開催可能な市場で探すことにした。

そこで候補として挙がったのは、熱狂的なファンが多く、ラジオ局やMTVでマイケルの楽曲の放送頻度が高く、ローカル・スポンサーも付けやすい市場である、日本とドイツだった。

結果、前述の通り、東京ドームで11回公演を行い、ドイツでのツアーに繋ぐということになった。

マイケル・ジャクソン(Photo by Dave Hogan/Getty Images)
マイケル・ジャクソン(Photo by Dave Hogan/Getty Images)

日本でマイケルがこだわったのは、東京ドームで、一度の来日で最大公演数を記録したアーティストを上回ることだった。

それは、90年2月にローリング・ストーンズが初来日で行った10回公演を超えることを意味し、そこから11回公演の日程調整が始まった。

とは言え、4月から10月までは規定により、東京ドームはプロ野球優先の日程しか組めず、NPB(日本野球機構)の公式スケジュールは前年12月までは公表されない。

ドーム側は四苦八苦しながら、何とか来日公演を実現させるべく努力を重ねていた。そうしたところに、マイケルの訃報が飛び込んできたのである。

2010年、ジャイアンツ戦の間隙で、マイケルの復活ツアーが見られることを密かに腐心していた東京ドームの後継役員も故人となった今、この史実を明らかにする必要性を感じざるを得なかった。

マイケル・ジャクソン(Photo by rune hellestad/Corbis via Getty Images)
マイケル・ジャクソン(Photo by rune hellestad/Corbis via Getty Images)

連載:スポーツ・エンタメビジネス「ドクターK」の視点

文=北谷賢司 編集=宇藤智子

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