経済・社会

2022.09.02 08:30

ミサイル1千発から見える現実、反撃能力持つべきか持たざるべきか

縄田 陽介
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では、1千発を撃ち尽くすまで、どのくらいの時間がかかるのだろうか。1千発という数は少なくない。世界でも1千発ものミサイルを保有する国は米中ロ朝など、限られている。それでも、別の防衛省関係者は「本気で撃ちまくれば、1週間で撃ち尽くす量です」と説明する。ウクライナのゼレンスキー大統領は7月17日のビデオ声明で、ロシア軍が2月24日の侵攻開始からウクライナに発射したミサイルの数が3千発以上になったと語った。5カ月で3千発だから、単純計算すれば、1カ月あたり600発を発射した計算になる。1千発という数は、1週間は大げさでも、2カ月はもたない分量ということかもしれない。

「撃ち尽くしたら、代わりを生産すればいいではないか」ということにはならない。精密誘導弾の場合、1発あたり1億円はすると言われている。ロシアも精密誘導弾を撃ち尽くし、自由落下のりゅう弾砲や航空攻撃でしのがざるを得なくなっているという報道が出ている。ロシアの進撃速度が鈍っている原因のひとつは、「ミサイルの撃ち尽くし」にあるようだ。

そもそも、1千発のミサイルをすべて撃ち尽くせるかどうかもわからない。防衛省関係者の1人は「ランチャーが足りない、メンテナンス体制も足りない、オペレーターも足りない。ないない尽くしです」とぼやく。「ミサイルを撃つためには、レーダーに現れた点がクラッター(乱反射)ではなく、人工の目的物かどうかを判断しなければなりません。ミサイルだって撃てばおしまいというわけにはいきません。火器管制レーダーで追尾して制御する必要があります。また、敵の攻撃で装備が一部破壊された場合に、どうするかという能力も必要です」。こうしたオペレーターの育成には2~3年かかるという。

ここまでは、日本側の事情でみた話だ。相手がどう考えるかという見方も必要だ。日本が「反撃能力」を持てば、相手は「日本を攻撃すれば、どういう損害が発生するのか」という計算をしなければならない。計算が複雑になれば、日本への攻撃を思いとどまらせる抑止効果が働く。

他方、「反撃能力がない日本」と「反撃能力がある日本」のどちらが脅威なのかと言えば、当然後者だ。相手も、日本の反撃が怖いから全力でつぶしに来る。補給などに問題がある北朝鮮くらいならそれでもかまわないかもしれないが、日本よりも規模が大きな軍事力を持つ中国やロシアが相手の場合、ことは簡単ではない。しかも、「ミサイルを撃ち尽くしたから、戦争は止めましょう」ということにならないことは、ロシアによるウクライナ侵攻をみれば、火を見るよりも明らかだ。ウクライナの例を見ればわかる通り、精密攻撃ができないため、事態は収まるどころか、より悲惨な状況に傾いていく。

もう年末の国家安全保障戦略など戦略3文書の改定や来年度予算案の確定まで、4カ月余りしかない。どう考えても、日本で議論が盛り上がっているようには見えない。

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文=牧野愛博

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