「企業によって働き方は異なりますから、既視感のあるコピペしたオフィスは身体に合わない服のようなもの。お仕着せの洋服を着せられても、その服に愛着は湧かないですよね。僕らがオフィスを手掛ける際はまず、その企業で働く人々にヒアリングし、手段の1つとしてワークショップを行います」
重要なのはそこで働く人たちが何を目指し、目標に向かってどんな働き方をしたいのか。それをワークショップで一緒に探る。自分ゴト化できる場でなければ愛着を持てないからだ。コンサルティングの域に達したオフィスづくりを行うため、NADではリサーチャーやコミュニティデザイナーといったメンバーも揃える。
自分ゴト化したオフィスは、働く人や生産効率にどんな変化をもたらすのだろうか。そんな質問を投げかけると、NADアソシエイトアーキテクトの祖父江一宏は答えてくれた。
「空間における生産性の向上率などは視覚化しにくい部分ではあります。というのも、その企業の業績がアップしても、新オフィスが要因だと結論づけるのは難しいためです。だからこそ、我々としても手掛けた企業の満足度調査などは確認するようにしています」
また、どんなオフィスにおいても、その満足度は移転直後が最も高く、時間の経過とともに次第に下がっていくのが一般的だ。オフィスを有効に運用するうえでは、デジタルツールなどを使った仕組みづくりも有効だと祖父江は言う。
実際にWoven Planet Holdings日本橋オフィスでは、社員がオフィスに対する希望=「WISH」を登録し、そのデータをもとに改善を進める取り組みが行われている。リラックスや、共創など、社員がオフィスに求める要望をまとめ生かしていく「WISH STORE」の仕組みがあるのだ。
「プロジェクトの中には、社員の方がオフィスの気になった部分を写真付きでアプリにアップして経営層と共有できるようにした仕組みづくりもあります。個人の潜在的な要望を吸い上げて持続的な発展につなげる取り組みでも、クライアントとの共創が重要ですね」
オフィスには教育の場という役割もある
働く人がベストのパフォーマンスを発揮する場であるとともに、オフィスは教育の場でもある。NADコンサルタントの上田孝明は、コロナ後の現代の社会になぞらえてその重要性を説く。
「コロナ禍でリモートワークが進み、困ったのは会社に入ったばかりの新人たち。リアルなオフィスでは仕事の仕方や空気感、人間関係、周りで何が起こっているかを身体で学ぶことができましたが、オンラインだけでは難しいですよね。また、オンラインはスムーズにやり取りできる反面、ノイズや自分とは無関係に見える情報が入ってきません。しかし、実はそういう情報こそ知っておくといいものだったりします」
例えばデザイナーの場合、自分が描いた空間デザインをリアルなオフィスの壁に貼っておく。すると、通りかかった社員がコメントしてくれたり、意見交換もできる。
左からNAD上田孝明、勝矢武之、祖父江一宏
「弊社でも、コロナ禍で入社した新人はそうした体験をできずにいました。リアルな空間としてのオフィスで吸収できることはたくさんあり、教育の場として必要だと思いますね」
一つの企業にはさまざまな年代、業種、ライフステージの人がいる。だからこそ、「Work at your best」という視点が必要なのだ。勝矢はそれに加えて重要なのが、経営層の経営戦略の具現化という視点だという。
「オフィスづくりのワークショップでも、人事や経営層、経営戦略までどうつなげるかというのが課題になっています。オフィスづくりは、究極的には会社の存在意義に届く話。我々NADの仕事の範囲も川上に拡大していく必要があると考えています」
続々と出現している進化系オフィス。それは人が空間に合わせるためのものではなく、働くことの本質と企業の存在意義を本気で問い直した先に生まれるものだった。