妻子に「必ず迎えに戻る」と言い残し──
モハメドはソマリアで、食品販売会社の営業マンだった。イスラム過激派のテロなどで治安が悪化し、家族の将来を考え米国移住を決めたという。
まずは自分が行って生活基盤を築かなければならない。妻子に「必ず迎えに戻る」と言い残し、2015年春、偽造旅券で南米コロンビアに渡り、陸路で北上しメキシコから米国に不法入国した。「難民認定は警察を頼るのが近道」と聞いていた通り、米当局に出頭した。しかし、その後1年以上も収容所に入れられ、難民申請も認められなかった。
2016年秋、釈放されたのを機に知人が暮らすミネアポリスに移り、難民認定に再挑戦した。オバマ前政権下では、難民申請が却下されても、犯罪者以外はすぐに強制送還されることはなかったのだ。
しかし、2017年1月にトランプが不法入国対策を強化する大統領令に署名して以降、「犯罪者以外の送還が増えてきた」。それに、ソマリア自体が入国制限の対象国に含まれていた。「このままでは妻子に会えない。自分もソマリアに帰されるかもしれない」。難民認定の希望は失望に変わり、知人の部屋に閉じこもった。
2月に入ると、「カナダが助けてくれる」との情報が同胞の間を駆けめぐった。移民・難民を差別的に扱おうとするトランプに対し、カナダのトルドー首相はツイッターで「迫害やテロ、戦争から逃れる人たちへ。
カナダ人はみなさんを歓迎します」と表明していた。カナダの移民・難民対策担当の閣僚にソマリア出身者が任命されたという話も入ってきた。「行くしかない」と思った。
話の途中で、ハッサンが現れ、隣に座った。ウィニペグに来てから2人で行動することが多いという。「一緒に苦境を乗り越えた同志だからな」と向き合って笑った。「米国のことはもう考えない。いずれは妻と子供をカナダに迎え、新しい人生を築くよ」。モハメドの表情は明るかった。