国内ビジネスをデジタル草創期から支えてきた“ITの老舗”日本ユニシスは、時代の変遷に合わせ2021年5月に新たなパーパス、ビジョン、経営方針とともに、社会的価値創出企業への変革を打ち出した。
今年4月には、光が屈折・反射したときに見える7色(Blue、Indigo、Purple、Red、Orange、Green、Yellow)の頭文字をとった造語「BIPROGY(ビプロジー)」に社名を改めた。
そこに込めた意味は、グローバルに社会的価値を創出する唯一無二の名称・存在となることであり、さまざまなパートナーや多種多様な人々がもつそれぞれの光彩を掛け合わせ、混とんとした社会のなかで新たな道を照らし出すことだという。
参加者はBIPROGYで数々の新規事業開発を手がけ、プロジェクトの生みの親でもある鬼武辰憲(以下、鬼武)と、POCまで残るところあと3カ月のタイミングで参画した電通デジタル トランスフォーメーションリードルーム エグゼクティブトランスフォーメーションディレクター 田川絵理(以下、田川)、同CXトランスフォーメーション部門 CX戦略プランニング第2事業部 ストラテジッククリエイティブディレクター 岩崎文美(以下、岩崎)の3人だ。
未稼働・低稼働の資産を共有財として生かし新たな価値を生み出す「デジタルコモンズ」
──BIPROGYの変革とともに提唱されているビジネスエコシステムの進化系「デジタルコモンズ」とはどのようなものでしょうか。
鬼武 気候変動などの環境問題や新型コロナウイルスのパンデミックなどの深刻な社会課題は、人類がまだ誰も解決したことのないものばかりです。しかし未来に持続可能な社会を築くためには、それらすべてを解決しなければなりません。
その解決の場としてBIPROGYが提唱しているのが、デジタルコモンズです。この場合のコモンズはコミュニティと言い換えることができます。この考えは、以下の2つの発想が基盤となっています。
1つ目は、一個人、一企業でできることには限界があるということです。そこで同じ志と目標をもつ人が集まり、力を合わせて問題に取り組み、課題解決に向かう必要があると考えました。
2つ目は、世の中には未稼働・低稼働の資産がたくさんあるということです。それらを参加者(参加企業)が自由に使える共有財とし、BIPROGYが得意とするデジタル技術で連携させられれば、新たなソリューションを生み出せるのではないかと思ったのです。
デジタルコモンズの中核には、自分ひとりで進めるのではなく、お互いのアイディアをシェアし、休眠資産を活用することで、ゼロに近いコストでも価値を増幅でき、よりよい解決策が見つかるのではないかという考えがあります。
社内だけでなく社外と協働し、必要な時に必要なものを手に入れるオープンイノベーションの文脈をベースに、あらかじめ生態系として連携した有機的なつながり・共有財をもったコミュニティとして成立させることで、よりよいソリューションが生まれる。それがデジタルコモンズです。
鬼武辰憲 BIPROGY 経営企画部 PRJ準備室 室長
デジタルコモンズの実践。「働く女性のためのデジタルサードプレイス」
──デジタルコモンズの実証プロジェクト第1弾が、「働く女性のためのデジタルサードプレイス」になった理由を教えてください。
鬼武 もともとは三井グループの研究所である「三井業際研究所」の活動の一環で、女性の健康問題に関する事業構想プロジェクトとしてスタートしました。発端は一人の女性でした。更年期の問題で仕事のパフォーマンスが落ちていることに深く悩んでいたのです。
彼女をなんとか助けられないか。考えを巡らせているうちに、それは日本の抱える普遍的な課題だということに気づきました。その課題に対して、会社を超えた有志メンバーたちが集まり、プロジェクトが発足したのです。
参加メンバーは日本ユニシス(BIPROGY)、日本総研、大樹生命、デンカ、日本製粉、三井製糖、MS&ADインターリスク総研、三機工業。参加各社で経営資源をもち寄り、三井グループエコシステムでの事業アライアンス検討を進めていました。
それが偶然、BIPROGYの提唱するデジタルコモンズという概念にフィットしたことから、BIPROGYの実証実験として進めようということになったのです。一気にプロジェクトは動き出しました。
──三井業際研究所では約1年間の研究調査が進んでおり、電通デジタルが参画したのはPOCまであと3カ月という段階だったと聞きました。そのタイミングでBIPROGYは、電通デジタルに何を求めてアプローチしたのでしょうか?
鬼武 本格的にプロジェクト化したのは、今年に入ってからです。私は以前コンサルティングファームにいたこともあり、個人の気持ちに寄り添ったサービス設計が得意な電通デジタルのことは、よく知っていました。そこで今回お声がけした次第です。
社会の課題は、個人の日常の活動の積み重ねが原因で発生することが多いですが、個人の日々の活動が社会の課題となっていることは認識しづらいのではと考えています。社会課題は日常で起こる課題と、個人自身が認識しなければ社会課題にはならずに、放置されてしまうのではないかと考えています。例えばプラスチック削減も、個人が問題と認識し、それぞれがマイバッグを使用することではじめて課題解決につながっていきます。そうした個人の日常における蓄積される総合的な活動を変えていくためには、個人の気持ちを動かし、行動変容につなげていく必要があると思います。そのような個人の心を動かし行動変容させていくための戦略づくりに関して、電通デジタルはトップランナーだと認識していたからです。
──電通デジタルとしても、3カ月前というタイミングでの依頼には、驚いたのではありませんか?
田川 突然山の五合目に放り出されたような感覚ではありましたね。ですが、着想2年、構想1年をかけるBIPROGY社皆さんのプロジェクトの想い熱く、まさに鬼武様の推進力で、百戦錬磨のサービスデザイナー、有識者、開発パートナーが揃い盤石な体制もでき上がっていましたし、踏むべきプロセスの凡そは完了していました。「働く女性のためのデジタルサードプレイス」という構想自体も、高尚でユニークで、かつ浮かび上がったターゲットのニーズに即して、多岐にわたる機能がロジカルに構想されていると率直に感じました。
その一方で、実際に働く女性であり、今後更年期障害などセンシティブな健康課題に直面していく当事者でもある自分自身が「正しい」ことと理解しつつも「使い続けたくなる」サービスとして、もう一歩納得・確信をもつに至れなかったことも事実です。そこで限られた時間のなかではあるけれど、正しいことよりも、ユーザーとして本当に使いたくなる「サービスの骨格」をつくること。誰がどんなときに使いたくなり、得られる“ベネフィット”は何か、ニーズに応える“機能”だけではなく、得られる“情緒的価値”や“世界観”など、正に、個人の気持ちに寄り添った顧客体験全体の設計をご支援させていただくことが、私たち電通デジタルの使命だと感じました。また、他でもなくBIPROGY社が取り組む必然性も含めて、関係するメンバー全員が握りあえる「コンセプト」を明文化して、メンバーのみなさんと共通認識をもちたいと考えました。
それらをまず0次仮説として鬼武様にぶつけたことが、私たちのファーストアクションでした。そして電通デジタルとして「0→1」のサービスデザインプロジェクトを高速推進するための最小限のチーミングが最適と考え、コンセプトとプロトタイプを行き来しながら、スピーディーに推進する体制を構築しました。
田川絵理 電通デジタル トランスフォーメーションリードルーム エグゼクティブトランスフォーメーションディレクター
──新規事業開発、サービス創造の推進を阻む陥りがちなポイントとして、どのようなものがあるでしょうか。BIPROGYのプロジェクトに際しても、そのような課題があったのでしょうか。
田川 一般的なつまずきのポイントとしては、「テクノロジー導入が先行・目的化してしまう」「機能拡充に集中するあまり肝心なユーザーの生活や社会にもたらす価値の追求が置いてけぼりになってしまう」「ビジョンやコンセプトを策定するも、納得・浸透が図れないまま形骸化し、プロジェクトが思うように進まない」といったケースも少なくありません。
また、新しいサービスの創造にあたっては、利用するユーザーのモチベーションや継続利用する際の障壁にも着目する必要があります。
BIPROGY様においても、まだ世にはないコミュニティという場で提供する機能アイデアはたくさん存在しました。ですが、参加への強い動機付けが伴い、かつ使い続けたくなるコミュニティの実現に向けては、働く女性それぞれが置かれる環境や価値観、症状の程度にもよって異なるであろう深いインサイトを再確認し、より手触りがある状態で、提供すべき「新しい価値」を納得がいくまでみなさんと熟考・協議をしていきたいと考え、プロジェクトのプロセスデザインをしました。
社会課題のソリューションとしてのコミュニティ構築
──サービスの骨格づくりにおいて重要度の高い「ベネフィット」と「提供価値」の重要性について解説をお願いします。またコミュニティ設計にあたって踏まえるべき点についても教えてください。
岩崎 BIPROGY様の着眼されていた仮説は、PMSや更年期に悩む女性が抱えている課題が「悩みを人に言えず、周囲に理解されない」ということに共通していて、だからこそ「同じ悩みを抱えた、同じ境遇の人同士が安心して語り合える場をつくること」がソリューションにつながるはずということでした。
しかし、PMSや更年期女性の悩みや抱える症状は、実際にはそれぞれに異なり、共通の解決場所ができるというだけで、これまで言えなかった悩みを簡単に言い出せるか?という部分に疑問を感じました。異なる悩みをもった一人ひとりの女性が「私向けのサービスだ」と思ってもらうためにも、一人ひとりにとってのベネフィットが大切になってくると考えました。それは、その新しいサービスを「使いたい!」と思ってもらうための、新しい動機(モチベーション)そのものだからです。
我々が着眼したのは、「私の悩みを解決してくれるサービス」が結果として「みんなの悩みを解決するサービスにもなっている」ということが、新しいサービスを使いたいと思う強い動機になりうるということでした。ユーザーインタビューなどを経てインサイトを精査するなかで、自分の悩みを人に理解されたいという欲求以上に、悩みを共有することで「誰かのためになる」「未来や社会のためになる」ということのほうが、人に言えない悩みをシェアすることで得られる「新しい価値」として求められていると考えました。
そのうえで、悩める女性のソリューションになれるコミュニティでどんな体験を提供すべきか、という部分を具体的に言語化し、プロトタイプイメージを可視化していきました。
サービスの輪郭をはっきりさせるために、ブレないコア価値の絞り込み、ユーザーにとってのベネフィットが何なのかに立ち戻り、余分なものを排除していく作業を繰り返し、プロジェクトメンバー全員の理解を深めるため、向かうべきノーススターが全員に見えるまで徹底的に議論したのです。
岩崎文美 電通デジタル CXトランスフォーメーション部門 CX戦略プランニング第2事業部 ストラテジッククリエイティブディレクター
──本プロジェクトにおける電通デジタルの支援参画で、最も価値があったと感じたことは何でしょうか。同社の伴走によって、ビジネスの可能性はどのように拡がりましたか。
鬼武 コミュニティづくりはBIPROGYにとって、不慣れな体験だったので、ビジネスとして成立しているかどうかという心配がありました。しかし電通デジタルに、コンセプトメイキング、提供価値、提供機能、体験満足度といったことに対する解決策を次々と具体化していただいたことで、サービスの全体像の解像度が非常に高くなりました。私としても、あらためてこのプロジェクトの意味が腹落ちした感覚がありました。
今回手がけている「働く女性のためのデジタルサードプレイス」は、通常想起されるコミュニティとは違います。例えば、著名人のファンコミュニティに気が合う人が集まって構成されるようなものではありません。 “他人に言いにくい” 、“言えない”といった、潜在的かつ複合的な課題を解決するための最適策としてのコミュニティなのです。こうした従来にない新たなかたちのコミュニティのあり方が、明確に浮かび上がったのは、電通デジタルのケイパビリティのおかげだと思います。
今後もそうした力をいただきながら、ビジネス化戦略を進めていくことで、きちんとビジネス化できるサービスにまで昇華させていきたいと考えています。
痛みや悩みや経験をシェアして、未来のアイデアに変える「働く女性の共感ファクトリー」
──「働く女性のためのデジタルサードプレイス」の現在地点について教えてください。また、本コミュニティは既存のサービスとどう違うのでしょうか。
岩崎 プロジェクトは目下進行中の段階ですが、初期コンセプトは“痛みや悩みや経験をシェアして、未来のアイデアに変える「働く女性の共感ファクトリー」”と言語化することができました。この言葉自体は外に出ていくものではなく、進行中のプロジェクトのなかでPOCや今後の検証を踏まえて進化していくことになるとは思いますが、ポイントは、痛みや悩みや経験をシェアし、一人ひとりがそのプロセスを経ることで、次のアイデアや自分なりの価値ある解決の方法に辿り着いてもらう場にする、ということです。
PMSや更年期の悩みを抱える女性のために必要な場をつくる際に、人が集まって会話で悩みを言い合える場をつくるだけでは、従来のコミュニティサービスや関連するサービスとの違いが伝わりづらく、その社会課題を解決できるソリューションとしては非常に弱いものとなってしまいます。
BIPROGY様の「デジタルコモンズ」の思想から捉えると、一人ひとりの個が抱えている悩みや痛みや経験は内に抱えていれば、何も生み出せない負の感情/負の資産ですが、「シェアされるべきペイン」になれば、それを集めることで、誰もがいつでも利用できる「共有財(共有知の資産)」になります。同じ悩みをもつユーザーの共感を、BIPROGY様のケイパビリティであるデジタルの力で蓄積し、未来をつくり出すプロセスとして同じ悩みを抱える女性や、社会にとって活用しやすいように構築していく、これによりペインの価値は増幅していくのです。
企業の力でネガティブがポジティブに変換されていく、女性にとってのペイン回収装置になれるコミュニティをつくる、これがデジタルコモンズの概念を具現化する独自ソリューションになると考えます。
鬼武 こうしたいままでにない新しい概念を、電通デジタルとつくり上げることができたのが大きな収穫です。誰かが何かを言ったことで、触発された相手がさらに何かを着想し、新しい価値が生まれる。実は日常的に行っていることですが、それをデジタルのもとに新たに構築し直すことで、新しさが生まれてくるのだと思います。
岩崎 「働く女性の共感ファクトリー」は、toCも見据えてのtoB(企業単位)からサービスをスタートする予定です。BIPROGY様の企業のネットワークを生かすことでコミュニティがより機能しやすい環境を整え、ビジネスプランとしても成立しやすくなるということを考えています。
──サービスのPOCの向こう側に、BIPROGYはどのような未来を描いているのでしょうか? コミュニティに参加する女性に届けたい未来を、企業としての展望とともにお聞かせください。
鬼武 いよいよ「働く女性のためのデジタルサードプレイス」の実証実験がスタートします。デジタルコモンズがついに現実のサービスとして起動するのです。未稼働・低稼働の資産としての女性たちの共有知(共有財)が、デジタルのもとにまとめられ、どのように社会課題解決にアプローチできるのか。その結果が非常に楽しみです。
BIPROGYとして女性に届けたい未来は、デジタルコモンズが生み出す新たな価値で各個人の行動変容を起こし、それらを社会課題解決につなげ、悩める女性にとっての明るい未来を届けることです。このコミュニティソリューションが成功すれば、人類が抱える貧困、ジェンダーなどのその他の課題にも応用することができるでしょう。これが社会課題解決カンパニーとしての、BIPROGYの新たな価値になるはずです。
田川 BIPROGY様では、これからも多岐にわたる社会課題を解決するコミュニティ事業の立ち上げ、デジタルコモンズ事業構想の具体化が計画されています。
そもそも社会課題は、個社・個人のみで解決しうるものではありませんが、本プロジェクトへのご支援を通して「社会課題解決におけるコミュニティというソリューション」への着眼・具現化はとてつもなく意義深い事業であることを再認識しました。
BIPROGY様が構想される多岐に渡るテーマにも活かすべく、我々もその知見をより深化・体系化することに加えて、共感・賛同するパートナー企業ネットワークの一翼に加わるなど、持続可能なコミュニティ、社会づくりを目指して、弊社も、ご支援のみならず、事業領域そのものの拡張にも挑戦していけたら、と考えます。
鬼武辰憲(左から2番目)と電通デジタルのプロジェクトメンバー(左から青木大地、田川絵理、岩崎文美、安東咲)
鬼武辰憲(おにたけ・たつのり)◎新規事業開発に長年従事し、投資/M&A/ゼロイチ含めた、さまざまなパターンの事業開発を複数の企業で経験。NRIで戦略コンサルティング、オリックスで新規事業開発、2社のスタートアップ企業経営者を経て、3年前より日本ユニシス(現・BIPROGY)に参画。
田川絵理(たがわ・えり)◎NTTを経て電通入社。2016年電通デジタルに出向。顧客体験設計を基点としたマーケティングの高度化・変革を支援。電通デジタル トランスフォーメーションリードルーム エグゼクティブトランスフォーメーションディレクター。
岩崎文美(いわさき・あやみ)◎01年電通入社。電通アイソバー出向後2021年電通デジタルにて、顧客体験設計・変革を支援。電通デジタル CXトランスフォーメーション部門 CX戦略プランニング第2事業部 ストラテジッククリエイティブディレクター。
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