また、ボート・テイルはロールス・ロイスのコーチビルド・モデル復活として大きな意味を持ったモデルであった。本来、顧客の要望を受けて一台ずつボディを製作するというビスポークスタイルはロールス・ロイスの十八番でもあったからだ。それが2017年に前作のデビューと共にコーチビルド部門も復活した。
三人の“マリン・エンスージアスト”から発注を受けたというボート・テイルは3台のみが全てハンドメイドで製作される。それは現在の厳しい安全基準などのホモロゲーションにも適合させなければならないから、その開発・製造に関するコストが膨大なものになるのはもちろん、完成に至るまで4年間以上の歳月を要したという。であるから、現代の自動車の開発・製造プロセスを知る者にとって、顧客の支払った金額でロールス・ロイスが膨大な利益を得ているとは思えない。
「このコーチビルド・モデルが、私達が自信を持って作った美しい車であるのはもちろんですが、顧客の夢を叶えるというという点においても究極の一台であることをお伝えしたい」というトルステン・ミュラー・エトヴェシュCEOのコメントと共に、ボート・テイルはアンヴェイルされた。
前回までアンヴェイルはBMWグループクラシックの一大イベントであるコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステ会場にて行われたが、今回は関係者やメディアを対象としてこのマンダリン オリエンタル ホテルにて先行して行われた。それだけ彼らがこのコーチビルド・モデルに力を入れていることが解る。
トルステン・ミュラー・エトヴェシュCEO
アンヴェイルされたボート・テイルを前にギャラリーからはため息が漏れた。ブロンズというかゴールドというか、微妙な色彩にボディは輝いている。第一号車がブルーのまさにマリンカラーでシャープな印象を受けたのに対して、この二号車には独特の柔らかさがある。この微妙な色合いをどう表現すべきかと悩んでいる筆者にコーチビルド部門のチーフデザイナーであるアレックス・イネスはこう語った。「テーマは真珠なのです。顧客から私達はまさに完璧とした表現の出来ない特別な真珠貝を見せてもらいました。そう、その真珠貝からこのボート・テイルへの素晴らしいインスピレーションが誕生したのです」
チーフデザイナーのアレックス・イネス
オイスターカラー、ソフト・ローズにホワイトとブロンズのマイカ・フレークを加えていると表現されるエクステリアカラー。そしてボンネットは深みのあるコニャックカラーが。
それらはコモ湖のきらびやかな光と共に絶えず表情を変えて魅せてくれる。リア・デッキはボート・テイルの特徴を表わす重要なモチーフでもあり、ロイヤル・ウォールナット製ベニアが映える。もちろんフロントには無垢のアルミニウム削り出しのパンテオン・グリルが鎮座し、ローズ・ゴールドを纏ったスピリット・オブ・エクスタシーが佇む。
これはもはやアートとしか表現できない。そこにはベース車両が、そしてパワートレインが何であるかなどという事実を超越したモノがある。「当時、30億円とささやかれた価格も、この円安となると33億円くらいかな?」などとつまらぬことを考える筆者など論外なのである。
(本記事はOctaneからの転載である。)