癒えぬ日韓レーダー照射事件の傷、自衛隊元幹部が嘆く3つの問題

P-1哨戒機(viper-zero / Shutterstock.com)


そして、元幹部は「3番目の問題」として、韓国軍がこうした指針を一方的に作成した点を挙げる。元幹部は「国際社会では、近隣国同士が、偶発的な衝突を避けるため、お互いの行動基準を定めることがあります。火器管制レーダーを使うような危険な行動基準を一方的に定める行為は、理解に苦しみます」と語る。

2018年12月の事件当時、日韓両国は19年1月14日にシンガポールで実務協議を開いた。ここで、日本側がレーダー照射についてお互いの生データを提供し合い、突き合わせを行うよう提案した。韓国国防省報道官が翌15日の記者会見で「大変無礼な要求だ」と語ったことで、日本が態度を硬化。21日に最終見解を発表したうえで協議を打ち切った経緯がある。

韓国からみれば、「日本が協議を打ち切ったから、仕方なく定めた」ということかもしれない。ただ、経緯を振り返れば、韓国側にも日本を挑発するような言動があった。

鄭景斗国防相は19年1月23日、韓国記者団との懇談で、海自哨戒機の行動を「明白な挑発行為」と語ったうえで「一定の範囲内に入った場合は自衛権的措置を取るべきではないか」と発言。鄭氏は1月26日、訪問した釜山の海軍作戦司令部で、海自哨戒機が「超低空、超近接飛行」をした場合、「軍の対応規則に従った適切で強力な対応」を取るよう指示した。今回、明らかになった行動指針を指した発言だったとみられるが、日韓の協議打ち切りから1週間も経たない時期での行動で、拙速のそしりは免れないだろう。

当時の取材では、韓国大統領府国家安保室が国防省と軍に対して強硬な対応を指示していた。自衛隊元幹部は「韓国軍も国際基準は知っているはずです。こんな指針を受け入れたのは、軍にとっても屈辱だったでしょう」と話す。元幹部は「もう文在寅政権は終わりました。尹錫悦政権が日韓協力の重要性を強調したいのであれば、この指針の撤廃をアナウンスすることから始めたら良いのではないでしょうか」と語った。

過去記事はこちら>>

文=牧野愛博

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事