「強迫性障害」との戦い
ピアソンは、自身が典型的な成功したビジネスウーマンの理想像とは異なることを率直に語っている。「私はOCD(強迫性障害)とうつ病の患者で、学校の成績は最悪だった」と彼女は話す。
彼女の母親はコロンビアの貧しい家庭で育ち、口腔外科医になった。父親はニューヨークのナイアガラフォールズで育ち、フロリダ州ジャクソンビルで自動車ディーラーを経営している。
ピアソンは、ジャクソンビルの高校の保健の授業で、精神疾患について学んでいるときに、自身が強迫性障害であることに気づいたという。「私は、出来の悪いほうの双子の片割れだと思われていた」と話す彼女の姉は、ペンシルバニア大学を主席で卒業し、アレックス・アスター(Alex Aster)というペンネームで小説を書き、TikTokで100万人のフォロワーを抱えている。
ピアソンが強迫性障害の治療を受けたのは、大学4年生の時だった。彼女のGPA(米国の大学の成績)は3年生になると2.0以下に落ち込み、このままでは退学になると心配したという。高校時代から不眠に悩まされた彼女は、その当時、血が出るほど手を地面に叩きつける癖にも取り憑かれていた。その後、The Newsetteで稼いだお金でセラピストに会いに行き、プロザックを処方してもらうと症状は改善した。彼女は4年生になるとディーンズ・リスト(成績優秀者のリスト)に載り、ほぼ全てのクラスでAを獲得した。
ピアソンとアスターの姉妹は仲が良く、互いに助け合ってきた。起業したばかりのころ、アスターはThe Newsetteの編集を手伝い、毎朝、一番最初に記事を読んで、「あなたの意見は誰よりも信頼できる」とピアソンを励ました。
そんなピアソンは先月、4年ぶりに1週間の休暇を取ったが、「リラックスできなかった」という。「会社を作ることほど、幸せなことはない」と話す彼女の症状は今でも消えてはいない。彼女は、自らの体験を踏まえて、他の人々にインスピレーションを与える存在になりたいと考えている。
「私は、自分の精神的な問題を過去のものとして片付けたくない。成功の形は、人それぞれであることを世間に知らせたい」とピアソンは語った。