ドイツの機械翻訳「DeepL」は文学も訳せるか? 芥川龍之介作品で試した

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5文目「兎は老人をいたわりながら、前足をあげて〜」


5文目はどうだろう。

1.やがて、兎は老人をいたわりながら、前足をあげて、海辺につないである二艘(にさう)の舟を指さした。

が、

2.は「やがて、ウサギは老人をやさしく見つめながら、前足をあげて海辺につながれた二艘の船を指差した。」(元の英語は”Soon, the rabbit, looking at the old man with tenderness, lifted his paw and pointed to two boats tied up by the sea. “だ。)

3.は「やがて、ウサギは老人のほうに前足をあげて、海岸につながれている2艘の船を指差した。」(元の英語は”Soon, the rabbit, with a paw raised in the old man’s direction, pointed to two boats tied up to the shore. “だ。))

「読み仮名あり」からの英訳をもとに重訳した結果では、「いたわりながら」が「やさしく見つめながら」と処理されているなどやや誤訳が見られる(逆に「読み仮名なし」からの英訳からの結果では「いたわりながら」のニュアンスが無視されている、という「訳漏れ」が気にはなるところだ)。

やはり、日本語文化特有の「読み仮名」「旧字」は、DeepLの人工ニューラルネットワークが採用するアーキテクチャを、なんらかのかたちで迷わせるのだろう。

しかし印象的なのは、にもかかわらずDeepLがその未知の障壁をなんとか乗り越え、訳し元文を処理し、ネイティブの読者に読まれるに足る結果を返していることだ(各機械訳文を芥川龍之介本人が見たらどうコメントするか、聞きたいところでもある)。

以下、参考までに、1文ずつ、1.、2.、3.を対比したものも掲載しておく。機械翻訳結果2.、3.の読み心地をぜひ、実際に体感していただきたい。

【1文目】
1.(青空文庫からダウンロードしたそのままのテキスト、以下同)
童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎(うさぎ)とは、舌切雀(したきりすずめ)のかすかな羽音を聞きながら、しづかに老人の妻の死をなげいてゐる。
2.
おとぎ話の時代の薄明かりの中で、老人とウサギが、かすかなスズメの羽音を聞きながら、老人の妻の死を静かに悼んでいる。
3.
おとぎ話の時代の薄明かりの中で、老人とウサギが、雀のかすかな羽音を聞きながら、老人の妻の死を静かに嘆いている。

【2文目】
1.
とほくに懶(ものう)い響を立ててゐるのは、鬼ヶ島へ通(かよ)ふ夢の海の、永久にくづれる事のない波であらう。
2.
のんびりしたウサギの響きは、鬼ヶ島へと続く夢の海の、決して消えることのない波だったのだろう。
3.
遠くでゆったりと響くのは、鬼ヶ島に続く、決して割れることのない「夢の海」の波でしょう。

【3文目】
1.
老人の妻の屍骸(しがい)を埋めた土の上には、花のない桜の木が、ほそい青銅の枝を、細(こまか)く空にのばしてゐる。
2.
老妻の死体が埋められた大地には、花の咲かない桜の木が細い青銅の枝を空に向かって伸ばしていた。
3.
老人の妻の亡骸が埋められた大地には、桜の木が花のない青銅色の細い枝を空に向かって伸ばしている。
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構成=石井節子

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