2文目「とほくに懶(ものう)い響を立ててゐるのは〜」
まず気になったのは2文目の「訳ブレ」である。
1.(青空文庫からダウンロードしたそのままのテキスト)
とほくに懶(ものう)い響を立ててゐるのは、鬼ヶ島へ通(かよ)ふ夢の海の、永久にくづれる事のない波であらう。
の重訳結果が、2. と3.で以下のようにかなり異なって得られたのだ。
2.は「のんびりしたウサギの響きは、鬼ヶ島へと続く夢の海の、決して消えることのない波だったのだろう。」
3.は「遠くでゆったりと響くのは、鬼ヶ島に続く、決して割れることのない「夢の海」の波でしょう。」
2.の「のんびりしたウサギの響き」の誤訳の原因を、英訳文と対照して探ってみると、
1.をそのまま、つまり「カッコ内読み仮名入りのまま」英訳したものは
The echoes of the lazy rabbit were probably the waves of the sea of dreams leading to Onigashima, the waves that would never fade away.
1.からカッコ内読み仮名を削除、ほか編集して英訳したものは
The lazy echoes in the distance are probably the waves of the Sea of Dreams, which leads to Onigashima, and which will never break.
である。つまり、「カッコ内読み仮名入りのまま」英訳したものは、「とほくに懶(ものう)い響を立ててゐるのは」を”The echoes of the lazy rabbit”と、なぜか、「ものうい響き」を「怠け者のうさぎの響き」と訳しているのだ。
転じて「とほくに懶い響を立ててゐるのは」とカッコ内読み仮名を外すなど編集して英訳した結果は、”The lazy echoes in the distance”と正しい。
3文目「老人の妻の屍骸(しがい)を埋めた土の上には〜」
続いて3文目。
1.老人の妻の屍骸(しがい)を埋めた土の上には、花のない桜の木が、ほそい青銅の枝を、細(こまか)く空にのばしてゐる。
が、
2.は「老妻の死体が埋められた大地には、花の咲かない桜の木が細い青銅の枝を空に向かって伸ばしていた。」(元の英語は”On the earth where the corpse of the old man’s wife was buried, a blossomless cherry tree stretched its slender bronze branches into the sky.”だ。)
3.は「老人の妻の亡骸が埋められた大地には、桜の木が花のない青銅色の細い枝を空に向かって伸ばしている。」(元の英語は”On the earth where the old man’s wife’s corpse lay buried, a cherry tree stretched its slender bronze branches, flowerless and thin, into the sky.”だ。)
と微妙に異なる結果になっている。