宇宙の「晴れ上がり」
さて、自由な電子は光の通路を邪魔する。したがって、自由な電子がある程度残っていると、光が宇宙空間をまっすぐ進めない。だが、自由な電子の数がかなり少なくなると、光が直進できるようになる。
光が直進できるようになるには、宇宙年齢にして38万年ごろである。このことを、「宇宙の晴れ上がり」という。
宇宙の晴れ上がりの時点に存在していた光のほとんどは、晴れ上がりの後、そのまま宇宙を直進し続ける。そして、現在の私たちのまわりにも降り注いでくる。その光は、晴れ上がりのときには目に見える波長の光、すなわち可視光を主成分とするものだった。だが、膨脹する宇宙を直進する光の波長は伸ばされて長くなる。現在の私たちのまわりに降り注いでくるまでには1000倍ほど波長が引き伸ばされ、電波として観測される。
この電波は「宇宙マイクロ波背景放射」と呼ばれるものである。この宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙のどの方向からも同じようにやってくる。
宇宙マイクロ波背景放射は、絶対温度が約2・7ケルビンの温度を持つ電波である。宇宙マイクロ波背景放射がどの方向からも同じようにやってくるということは、宇宙のどの方向を見ても同じ温度の電波がやってくるということだ。これを宇宙マイクロ波背景放射の等方性という。
密度ゆらぎの「重力不安定性」とは?
宇宙の晴れ上がり時点で宇宙のどこも完全に同じ状態だったとしたら、その後の宇宙にも構造はできようがない。完全に一様な宇宙は、いつまで経っても一様なままである。だが、宇宙が完全な一様ではなく、最初の宇宙に非一様性が少しでもあるのなら、それを元にして現在の宇宙の構造を作ることができる。
物質量の濃淡、すなわち物質密度の空間的変化のことを「密度ゆらぎ」というが、重力には、密度の濃淡をどんどん強めようとする働きがある。この性質を、密度ゆらぎの「重力不安定性」という。
重力不安定性で密度ゆらぎを増幅させるのは、物質のゆらぎである。この宇宙にある物質には、原子などの通常物質の他に、「ダークマター」と呼ばれる物質がある。
ダークマターとは、この宇宙に存在する正体不明の物質である。正体不明であるにもかかわらず、それがあるとわかるのは、ダークマターが重力的な影響を通常物質に及ぼすからだ。
宇宙初期にあったわずかな密度ゆらぎから、重力不安定性によって宇宙の大規模構造が作られる。この、複雑なネットワーク構造を持つ宇宙の様子は、コズミック・ウェブ(cosmic web, 宇宙の蜘蛛の巣構造という意味)と呼ばれている。
すなわち、宇宙の大規模構造は、小さな密度ゆらぎから始まって、大きなスケールで複雑なコズミック・ウェブの構造を持つまでに成長していくのだ。
松原隆彦(まつばらたかひこ)◎1966年長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所・教授。京都大学理学部卒業。広島大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科、ジョンズホプキンス大学物理天文学科、名古屋大学大学院理学研究科などを経て現職。井上科学振興財団・井上研究奨励賞および日本天文学会・林忠四郎賞を受賞。
『図解 宇宙のかたち「大規模構造」を読む』(松原隆彦著、2018年、光文社新書)