暴力の血脈を受け継いだヒロインが意想外の人生をたどる「プリンシパル」

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実名同然の人物たちが織り成す物語


ところで、ヤクザなどの反社会的な勢力を「反社」と略すことが多いが、かつてわが政府は反社を「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」と明確に定義していた。
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しかし、例の桜を見る会に反社が疑われる招待客がいたと取り沙汰されると、時の官房長官により「あらかじめ限定的、かつ統一的に定義することは困難」と、従前と矛盾する内容が閣議決定されるという呆れた一幕があった。

反社との繋がりを政府が隠そうとするのは、何も昨今に始まったことではない。本作の参考文献にもある「悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治」の著者エイコ・マルコ・シナワは、著作で「完全な民主主義のもとには暴力の居場所はないと謳うのは簡単至極ではあるが、そのような政治体制が存在したことはない」としている。そして、明治維新、自由民権運動といったわが国の歴史のうねりのなかにも、無頼漢やヤクザら暴力の専門家が重要な役割を果たしたと説く。

「非情と外道がこの家の規律だった」とヒロインが自嘲的に語る自らの血脈、すなわち水嶽本家の来し方も、その暴力の専門家として権力との癒着を繰り返してきたことが暗示される。そして、四代目の父親からその長の座を引き継いだ綾女もまた、権力との添い寝を余儀なくされていくのである。
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GHQから公職追放処分を受けながらの政界の立役者として君臨し、父の代からの縁で綾女になにくれとなく気遣いをみせるが、陰では業突く狸と言われる衆議院議員の旗山一太郎。一方、英国かぶれで、後にバカヤロー解散という愚行をしでかす放漫漢の吉田茂美。首相の座をめぐり権力闘争にうつつを抜かす政治家たちの間を、綾女は綱渡りするように歩を進めていく。

また凜とした少女として登場し、天才少女歌手として成功の階段を駆け上がっていく美波ひかりも、綾女の人生と深い関わりを持つ1人だ。のちに知らぬ者のない不世出の国民的歌手となる彼女たち他、実名同然の人物たちが行き交い、織り成していく物語は、闇市の混乱期から、朝鮮戦争勃発、占領時代の終焉まで、政界、GHQ、そしてヤクザが3つ巴となって利権を貪った戦後日本の辿った道を、生々しく浮かび上がらせていく。

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長浦京氏(提供:KADOKAWA)

作者の長浦京は、「赤刃」(2012年)で小説現代長編新人賞を受賞し、作家デビューを果たしたが、その後、「リボルバー・リリー」(2016年)、「マーダーズ」(2019年)の2作がステップボードとなって、骨太のストーリーテラーとしての頭角を表した。

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「リボルバー・リリー」(講談社文庫)

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「マーダーズ」(講談社)

そして、長編としては6作目にあたるこの「プリンシパル」では、比類なきヒロイン像を生み出した。歴史という現実をも呑み込み、戦後という昭和の一時代を歴史的事実の裏面から炙り出し、そこに血と暴力の壮絶な絵巻を出現させた本作が、長浦にとっての重要な里程標となるのは間違いのないところだろう。

太平洋戦争の終わりとともに始まった物語は、10年後の高度成長期前夜で幕を下ろす。その終章では、プリマ・バレリーナ(プリンシパル)として血みどろのアラベスクやピルエットを次々と決め、復讐と生き残りを賭けて戦い抜いたヒロインを、カーテンコールが待ちうける。

そこで彼女は、どんな喝采を浴びることになるのか。死の舞踏劇は、最後の最後まで読者に息を抜くことを許さない。

連載:ウィークエンド読書、この一冊!
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文=三橋 曉

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