現在、日本でインサイダー取引がご法度であることを知らない者はいないだろう。しかし、ここまで到達するのにこれだけの歳月を要した。ことほど左様に、「市場への信頼とは何か」は難しいテーマなのかもしれない。
でも、である。インサイダーへの問題意識すらなかった半世紀近く前から、市場をないがしろにするもの、投資家を害する行為として厳禁されていた取引がある。事件化したケースも少なくなかった。株価操縦だ。
この春から、ある日本の大手証券会社がその疑義で捜査当局の手を煩わしている。疑わしきは罰せず、であるから現段階で黒白を決めつけるわけにはいかない。だが、報道で知る限りでは「参ったなあ」である。
証券会社は「市場の門番」を自任している。その門番が泥棒をするような真似をしては市場の信頼も何もない。内部統制やコンプライアンスはいったいどうなっていたのだろうか。その前に、行為に手を染めた現場の人たちは、市場というかけがえのない「お客様」をどう考えていたのだろうか。また、日夜、信頼の保持・拡充に努めている他社や自社の他部門へどう申し開きをするのだろうか。
信頼は目に見えないが社会の基本である。幼児のころから私たちは、うそやごまかしは絶対ダメ、と教えられてきた。その重い意味を大人、それも高度な職業人が反すうしなければならないとしたら、あまりにも情けない。
川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボード、嵯峨美術大学客員教授などを兼務。