無事に役目を終えたとボスが思ったのも束の間、ウードは愛した女性は他にもいると、今度はそこから南へと戻り、バンコクから60キロ離れたサムットソンクラームという観光地に向かう。そこでは映画のロケが行われており、ウードは女優になっていたヌーナー(オークベープ・チュティモン)と再会するが、彼女は悲劇で終わった過去を忘れてはいなかった。
目的を果たせぬままロケ地を離れる2人だったが、今度は3人目の愛した女性に会いに行くとウードは宣言するのだった。向かったのは、バンコクから700キロ以上離れた北部の古都チェンマイ。そこにはかつてニューヨークでカメラマンを志していたルン(ヌン・シラパン)が家族と暮らしていた。事前に会う約束を取りつけていたウードだったが、彼女の反応は意外なものだった。
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作品の前半は、このようにウードとボスのロードムービーとして展開していく。実際に地図でたどってみると、バンコクから北に南に、そしてまた北へ南へとほぼタイを縦断している。その間、この国の美しい風景が描かれていく。プーンピリヤ監督自身も「祖国タイに対するラブレター」とも語っていて、前半は一種の観光映画として見られなくもないが、もちろんそれだけでは終わらない。
すべてのミッションを果たした2人は、ボスの母親が資産家と結婚して住むリゾート地のパタヤにたどり着くのだが、ここから物語はがらりと変貌を遂げる。かつての恋人に会いに行くというウードの物語だと思っていたものが、主人公が完全に入れ替わり、ボスの悔恨のラブストーリーが始まっていく。作品の魅力がさらに輝いていくのだ。
カセットとカクテルへのこだわり
この劇的な物語の転換はもちろんなのだが、他にもさまざまな印象深い仕掛けも施されている。例えば、古いBMWに搭載されているカーステレオ。カセットテープで聴く古いタイプのものだが、これでウードはDJをしていた父親の番組を聴いている。
訪ねていく女性に合わせて、名前の書かれたカセットがかけられていくのだが、流れる音楽とともに、これがストーリー展開に小気味よいテンポを与えている。後半、ボスの新たな恋愛譚が始まるところでは、カセットは「B面」に裏返され、カセットが小説で言えば章タイトルのような役割も果たしている。