経済・社会

2022.08.04 07:00

アメリカ丑寅、ロシア清兵衛、では三船敏郎は誰? 新冷戦がつくり出す用心棒外交

Photo by Royal Court of Saudi Arabia / Handout/Anadolu Agency via Getty Images

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最近の世界各国の動きをみていて、「どこかで見たような風景だ」と思った。黒澤明監督の映画「用心棒」だ。三船敏郎が演じる浪人が、荒れ果てた宿場町に立ち寄る。抗争していた清兵衛一家と丑寅一家に、自分を双方に売り込みながら、共倒れを狙うという名作時代劇だ。私の目には、清兵衛一家と丑寅一家が米国とロシアの姿に、用心棒がインドやサウジアラビア、インドネシア、アフリカ諸国の姿に重なって見える。

インドは日米豪印の安全保障対話(QUAD)に加わり、対面式での首脳会談もスタートするなど、「日米陣営に舵を切ったのか」と思わせる行動を取っていた。ところが、3月2日、国連総会での「ウクライナに対する侵略」決議で棄権し、日米をがっかりさせた。6月にドイツで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)の直前にあたる6月23日には、ブラジル、ロシア、中国、南アフリカと一緒に構成するBRIC首脳会談のオンライン会合に出席した。日本政府関係者は「インドが何を考えているのか、もっと深く食い込まなければダメだ」と嘆息する。

一方、バイデン米大統領は7月15日、就任後初めてサウジアラビアを訪問した。人権重視を唱えてきたバイデン氏だったが、サウジの実力者・ムハンマド皇太子とグータッチであいさつし、会談に臨んだ。両国関係は2018年にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館でサウジ人記者のジャマル・カショギ氏が殺害された事件で悪化した。バイデン政権は21年2月、ムハンマド氏が記者の殺害を「承認した」と認定する調査報告書を公表し、バイデン氏自身も、ムハンマド氏を非難してきた。サウジアラビア王室は26日、ムハンマド氏がギリシャとフランス歴訪を始めたと発表した。サウジ人記者殺害事件以降、同氏が欧州連合(EU)加盟国を訪問するのは初めてだ。バイデン氏との会談で「禊ぎが終わった」と言わんばかりの行動だ。

また、インドネシアも3月2日の国連総会決議で棄権したほか、ロシアに対する制裁には加わっていない。7月に相次ぎインドネシアで開かれた主要20カ国・地域(G20)外相会議と財務相・中央銀行総裁会議では、いずれも共同声明を出せずに終わった。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は6月30日、モスクワでプーチン・ロシア大統領と、7月26日には北京で習近平中国国家主席とそれぞれ会談した。米国は一連のインドネシアの行動についての批判を避けている。

日本政府関係者はサウジとインドネシアについて「日米など西側諸国にとって歓迎すべき動きではない。人権や民主主義を唱えるバイデン政権にとって、権威主義のサウジと手を組むのは矛盾だという指摘も正しい。でも、ロシアや中国に勝つためには、サウジやインドネシアを味方につける必要がある。ただでさえ、国連加盟国のなかで民主主義国家は少数派なんだから」と語る。確かに、サウジアラビアはアラブ世界のリーダーだし、原油生産大国だ。インドネシアも遠くない将来、国民総生産(GDP)で日本を抜き去ると言われている。米国にとって、サウジアラビアやインドネシアは三船敏郎扮する用心棒に見えるのかもしれない。

そして、この機会に忙しく動き回っているのがアフリカ諸国だ。国連加盟54カ国のうち、3月2日の国連総会では、エリトリアがロシアの侵略を非難する決議に反対したほか、

17カ国が棄権、8カ国が欠席にそれぞれ回った。賛成したのは約半数の28カ国に過ぎなかった。加盟国全体では、賛成141、反対5、棄権35、欠席12だから、アフリカ諸国の賛成率がかなり低かったことがわかる。旧ソ連やロシアから軍事支援を受けてきた国が多いことや、米ロの紛争に巻き込まれたくないという思惑が働いたとみられる。東アフリカを中心に、ロシアやウクライナからの穀物輸入に頼っている国も多い。ロシアのラブロフ外相が7月24日にカイロを訪問し、穀物供給を確約したが、これも食料安保外交の一環だろう。

アフリカ諸国もただ、米国とロシアに翻弄されているばかりではない。国連では4月8日、ロシアの人権理事会理事国の資格停止を問う決議を行ったが、アフリカ54カ国は、賛成10、反対9、棄権24、欠席11だった。相変わらず、加盟国全体の賛成93、反対24、棄権58、欠席18に比べてロシア寄りの姿勢が目立つ。そして、3月2日の決議の結果と比べてみると、アフリカを含めた世界各国が、その時々の情勢をみながら、微妙に立ち位置を変えていることもわかる。

かつて北朝鮮の金日成主席のフランス語通訳を務めた高英煥氏によれば、北朝鮮経済が好調だった1970年代まで、大勢のアフリカ諸国首脳が平壌を訪れた。高氏は「金日成が首脳会談ごとに、気前よく宮殿やスタジアムの建設支援を約束する姿をみて、胸が痛んだ」と語る。ところが、北朝鮮の経済状況が悪化すると、「金の切れ目は縁の切れ目」とばかり、アフリカ諸国の対応も悪化した。北朝鮮は1988年のソウル夏季五輪の失敗を目論み、アフリカ諸国にボイコットを呼びかけたが、ほとんど無視されたという。

アフリカの個々の国は、BRICSメンバーの南アフリカなどを除けば、用心棒のような力はないが、国連では54票を持つパワーを発揮する。

米国とロシア・中国との反目が続けば、自分を高く売りつけようとする輩が増えることになりそうだ。

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文=牧野愛博

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