そんな、もっともシンプルで基本的な2つの算数がいわば混ざり合うように存在することが、数学の問題を複雑にし、難解にしていることを知っているだろうか? それどころか、たし算とかけ算を「分離する」ことさえできれば、数学の超難問、数々の歴史的な謎はするするとほどけるというのだ。
Forbes JAPANでは、数学界におけるもっとも根源的な問題であるこの「たし算とかけ算を分離すると何が起きるのか」について、中学生6名の取材班に探ってもらった。取材に答えるのは、この分野の専門家である東京工業大学理学院数学系教授の加藤文元氏である。
「取材班メンバー」は東京都渋谷教育学園渋谷中学校の江見理彩さん(3年)、志村瑛美さん(3年)、山澤綾乃さん(2年)、虎岩理乃葉さん(1年)、鈴木洸大君(1年)、小谷 直樹君(1年)だ。
後編では、「たし算とかけ算」について探るうちに、「楕円曲線暗号」の仕組みについて、「純粋数学がわれわれのポケットに入っている理由」についての話題も飛び出した。
前編はこちら>中学生が東工大教授に質問 「たし算とかけ算の決定的な違い」は何なのか?
※ちなみに「楕円曲線暗号」について、人気記事 GAFAで数学系の人材がひっぱりだこな理由で、加藤教授は次のようなことを話している。
「現代社会においては、純粋数学と応用数学の区別はもう意味をなさなくなっています。たとえば、ICカード。電子決済でかなりの大きな額のお金を動かすことができます。そのための堅牢なセキュリティーが実現したからこその社会実装ですが、その暗号システムを作っているのは、『楕円曲線暗号』です。純粋の中でも本当に純粋な数学は『すでに人々のポケットの中に入っている』のです」
たし算とかけ算の違い、一言で言うとどうなるか
取材班:先生は、たし算とかけ算はどちらが好きですか?
加藤教授:えっ。うーん……、わからないなあ…………。でも、いい質問ですね。数学者は全員、回答に困ると思います。
ただ、かけ算の方が「親しみやすい」気はしますね。たし算でものごとを考えるのに比べると、考えやすい。
いろんな問題を解くときに、かけ算的な構造を使うことは多いと思います。どういう素数で割り切れるか、とか。たし算はきまぐれな感じがします。1たしたらどんな数になるのか予測がつかない、数の難しさを体現しているのがたし算ですから。
でもこの「どちらが好きか?」問題、これからもしばらく、考えてみたいと思います。いい質問をありがとう。
取材班:改めて、たし算とかけ算の違いを一言で言うとどうなりますか?
加藤教授:電車に乗っているときに隣に座っている人からいきなりそう聞かれたら(笑)きっと、「構造がぜんぜん違います」と答えますね。2つの演算を自然数という舞台で見た場合、たし算はすごく単純すぎてそこから先はどうしようもない。でもかけ算は、個性があるので、バラエティー豊かである。一元生成、無限生成、というどうしようもない違いです。
取材班:たし算とかけ算、どちらの方が定理を解きやすいですか?
加藤教授:かけ算構造の方が、いろいろ議論はしやすいと思います。たとえば「ある数とある数が互いに素であるか?」「最大公約数はなに?」など、かけ算的に考える方がうまくいきます。