中学生が東工大教授に質問 「たし算とかけ算の決定的な違い」は何なのか?

東京工業大学理学院数学系教授 加藤文元氏と、渋谷教育学園渋谷中学校取材班

数の世界には「たし算」と「かけ算」があるのはあたり前のことだ。しかし、「このように当たり前で基本的なことが、問題の難しさの根本にある」ことを知っているだろうか。

数学界の重要な未解決問題に「abc予想」がある。「互いに素でありかつ a + b = c を満たすような3つの自然数a、b、c の和と積の関係について」の仮説だ。

数学の世界に混ざり合うように存在しているたし算とかけ算を「分離する」力を備えたこの予想が証明できれば、数々の難問を簡単に解決できてしまうという。そして、世界の多くの数学者が「理解することをあきらめた」ともいわれるこの難解な予想を証明する論文が2021年、受理され、世界に大きな驚きと衝撃を与えた。論文を発表したのは、京都大学数理解析研究所教授の望月新一教授である。

Forbes JAPANでは、数学界の進化を支える根源的な問題ともいえるこの「たし算とかけ算の違い」、そして「たし算とかけ算を分離すると何が起きるのか」について、中学生6名の取材班に専門家への取材をしてもらった。

取材に応じたのは、望月教授の朋友であり、4月に放映されたNHKスペシャル「数学者は宇宙をつなげるか? abc予想証明をめぐる数奇な物語」に、メディアの取材に応じない意向を示している教授を代弁する形で出演した、東京工業大学理学院数学系教授の加藤文元氏だ。

「取材班メンバー」は東京都渋谷教育学園渋谷中学校の江見理彩さん(3年)、志村瑛美さん(3年)、山澤綾乃さん(2年)、虎岩理乃葉さん(1年)、鈴木洸大君(1年)、小谷直樹君(1年)の6名である。


後編> 中学生が東工大教授に質問 純粋数学はなぜもう「ポケットに入っている」のか? はこちら


自然数は「1」からすべて生成される


取材班:かけ算はたし算より難しいと言われていますが、どのような点でかけ算が難しいのでしょうか?

加藤教授:まず、たし算的な構造と、かけ算的な構造はまったく違うんです。たとえば1、2、3、から始まる自然数には、たし算とかけ算がある。自然数は、1という数からたし算によってすべて作ることができる。少し数学的な言葉を使うと、1からすべて生成される。具体的には、1を何回かたし算すれば、すべての自然数を作ることができる。1を知れば、すべての自然数を知ったことになるのです。

1という数と、たし算という基本的な演算、この2つの情報からすべての自然数が復元できる。その意味では、たし算構造は単純です。


1という数と、たし算という基本的な演算、2つの情報からすべての自然数が復元可能

ところが、かけ算しか知らない人がいて、自然数を復元したい場合、何が必要でしょう?

取材班:素数です。

加藤教授:そうですね、すべての自然数を作るには、すべての素数が必要です。素数とは、無限にあります。ですから、端的に言って、かけ算的に自然数を生成するには無限個の数を知っておく必要がある。という意味では、たし算に比べるとかけ算は難しい。


かけ算的に自然数を生成するには無限個の数を知っておく必要がある

たとえば2、3は素数。4という数は素数である2を2回かければよい。4に限らず、素数をかけ算すれば2以上の数を生成することができます。

1は例外のようにも思えますが、1はゼロ個の素数の積と思えば、すべて一律に理解できる。「ゼロ個のかけ算とは何か」などを考えると禅問答に近くなってしまって直感や修行が必要ですが(笑)。

ここまで考えてくると、かけ算はたし算より難しく思えます。


次ページ > たし算では数に「個性がない」

文=石井節子 撮影=帆足宗洋(板書と加藤氏プロフィール写真以外)

ForbesBrandVoice

人気記事