ビジネス

2022.07.31

ひとり出版社の里山社が福岡から見つめるもの。「記憶のふるさと」を求めて

里山社代表の清田麻衣子


こうして清田は里山社の立ち上げを決心し、写真集「はまゆりの頃に」を第1弾の書籍として出版する。その後も清田は、自らを形成し、突き動かしてきたものを確認し、「自分とは誰か」を探求するかのように、国境や民族を越え、出版を重ねていく。

そのジャンルは幅広く、一見脈絡なく多岐に渡っているようにも思えるが、共通のキーワードとして挙げられるのは「個人史」だという。大きな1つの視点ではなく、たとえ小さくとも豊かで深度のある視点を扱っていくということだと私は理解している。

2020年に出版された「90歳セツの新聞ちぎり絵」は、版を重ね、多くの人の手に渡ることになった。この本は、90歳から新聞でちぎり絵を始めた木村セツさんの個人史と作品を一体化させたもので、現在も反響を呼び続けている。



里山社は今年2022年に設立10周年を迎えた。清田はこの節目の年に、かねてから思い描いていた福岡への移住と事務所移転を決断したのだ。

横浜や東京で過ごした時代に抱いていた福岡への憧憬。その幼少期から抱く個人的な思いとは別に、現在は出版社の代表という肩書きも加わった。東京から遠く離れて生活を営み、出版社として情報を発信するということ。そのことにも意義があるのではないかと思っている。

また、福岡はロケーションとしてアジアにも近い。例えば韓国の釜山なら、高速フェリーで3時間ほどだ。この地でなら、アジアの一部としての日本をより意識することができるのではないかとも清田は感じている。

「ただ環境を一気に変えるってなかなか大変。同じ日本でも、土地が違えば、風土、習慣、人がちょっとずつ違うことにあらためて気付かされる。まだ戸惑いや慣れないことも多いよ」と、食事の後に訪れた喫茶店「屋根裏貘」で彼女はポツリと言う。



奇しくも、いま里山社のある天神は「天神ビッグバン」という名の大規模な再開発が進んでいる。福岡市のバックアップのもと、「アジアの拠点」となるべく、老朽化したビルの建て替えや修繕など、そこかしこで整備が行われている。はからずも、福岡の地でその変わりゆく姿を目の当たりにすることになった彼女は、何を感じ、何を思うのだろうか。

この天神という街で、里山社の清田麻衣子は新たなスタートを切った。次の10年にすべきことは何だろう、もしかすると書籍の出版だけではないのかもしれない、そんな予感をほのかに抱いていているようにも私は思えた。

連載:装幀・デザインの現場から見える風景
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文・写真=長井究衡

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