「社会の確固たるインフラであると同時に、社会変革の担い手となることが、いまの銀行には求められています。自らがイノベーションエコシステムの一員となり、経済価値だけではなく、環境価値や社会価値を生み出すイノベーションにおいても共創者となることが銀行の新たな使命となっているのです」
そう語るのは、みずほ銀行の常務執行役員であり、リテール・事業法人部門の副部門長を務める大櫃直人だ。社会の課題を解決するために志を立てたアントレプレナーに対し、みずほ銀行はこれまでどのように伴走してきたのか。大櫃は、その走り出しから現在までを知る男だ。話は日本において「スタートアップ4.0」とも呼ばれる第4次ベンチャーブームが始まった節目の年(2013年)にさかのぼる。
課題解決のベストパートナーになるために
「13年当時、私は渋谷中央支店の支店長を務めていました。1990年代後半にテクノロジーベンチャーのモメンタムがあって以降、若い起業家が集まる風土が現在に至るまで渋谷には醸成されています。さまざまな場面で彼らと話をしていくなかで、私の胸は期待と興奮で膨らみました。物質的な欲求ではなく、社会の役に立ちたいという思いの強さで動き、社会課題の解決に取り組んでいる彼らこそ、日本の産業構造の新陳代謝を促せる人材ではないかと強く感じたのです。しかしながら、起業から間もない彼らには、まだ信用がありません。金融機関として彼らの役に立てることはないかと真剣に考えました」
13年1月にみずほ銀行は、資金調達ニーズのある成長企業のために、みずほキャピタルと共同で総額100億円のプライベートエクイティファンド「みずほ成長支援ファンド」を組成している。以降、事業内容に強みをもつ成長企業に向けてリスクマネーを供給し、投資後においてもさまざまなソリューションを提供して成長をサポートしてきた。
そして、大櫃のようなリーダーが率いる感度と速度を強みとする現場では、ピッチイベントやビジネスマッチングの場を提供することにより、スタートアップを大企業に紹介していく動きを始めた。
「金融のパートナーである前に、私たちはお客様にとって課題解決のベストパートナーでなければならないのです。そうした強い思いで、支援してきました」
みずほ銀行は個人顧客2,300万人、中堅・中小企業などの融資先として10万社を数え、さらには全上場企業の約7割と取引がある。強固な顧客基盤をもつ金融機関として期待されているのは、将来を有望視される「スタートアップへのリスクマネーの供給」と「顧客基盤を活用した円滑な橋渡し機能」である。当然ながら、先進性や行動力に富むスタートアップとの資本と業務の提携は、大企業にとっても大きな実りをもたらす。
イノベーション企業支援の先駆者としての誇り
渋谷中央支店で成果を上げた大櫃は16年4月、みずほ銀行に新たに設立された「イノベーション企業支援部」の部長に任命された。
イノベーション企業支援を専任とする部署の創設は、みずほ銀行がメガバンクにおいてはじめてだった。
「イノベーション企業支援部の存在意義は、成長が期待できるベンチャー企業の早期発掘と成長ステージに合わせたソリューションの提供にあります。発足当初は私を含めて6人でのスタートでしたが、現在では本部・営業店を合わせて200人ほどのメンバーがイノベーション企業支援の専任部隊として働いています。IoTやバイオテクノロジー、医療、ロボットなどの成長分野に専門知識をもった担当者を配置しているのが強みです」
また、16年11月には「イノベーション企業支援のパイオニア=みずほ銀行」の誇りを余すところなく盛り込んだアクセラレーション会員サービスがスタートしている。その名は、「M’s Salon」だ。
「各業界を代表する大企業のサポートカンパニー60社以上、先輩のアントレプレナーやキャピタリスト、各種専門家からなるサポートメンター40人以上が参加し、多様なビジネスマッチングフォーラムや各種セミナーを開催することにより、経営知識、事業遂行ノウハウ、ビジネス拡大機会、資金調達サポート、Exit支援などを提供しています。現在、『M’s Salon』の会員になっているイノベーション企業は、3,600社以上です。このサロン自体が、大きなイノベーションエコシステムとして機能しています」
このようにサロンを通じて非金融サービスでもイノベーション企業の価値向上を図りつつ、みずほ銀行はファイナンスの広さと深さの拡大に当然ながら注力してきた。
「13年に始まった『みずほ成長支援ファンド』は、シードやアーリー期からミドル期までを支援するもので、21年6月には4号ファンドが組成されています。これに加え、19年6月にはグロースステージ(レイター期)のイノベーション企業に対して出資を行い、株式上場、さらに上場後までの支援を行う『THE FUND』を設立しました。このファンドはシニフィアンとのパートナーシップによって、上場までに多額の先行投資が必要な事業領域に挑むスタートアップや、上場後の成長のために大きな規模感に達するまでIPOを控えるスタートアップも見据えています。こうした企業には、これまでにない水準の資金と知見を提供するグロースファンドが必要とされているのです。株式上場後も戦略的パートナーとして経営面、財務面で継続的な支援を行っていきます」
また、22年4月には、不確実性の高い初期の段階からトランジション領域(2050年のカーボンニュートラル実現に資する領域)のプロジェクトなどに株式投資により参画するための出資枠を新たに設定。今後4〜5年で出資額500億円超を目指し運用を開始している。
社会の転機は、イノベーションの好機だ。人類史上でもまれに見る好機を迎えているいま、みずほ銀行のプレゼンス向上にますます期待がかかる。
「既存産業×Tech」をテーマに、イノベーション企業が大企業へ向けてプレゼンする「X-TechPitch」。年に10回程度実施している。
おおひつ・なおと◎1964年生まれ。88年に関西学院大学卒業後、入行。複数の営業店を経て、本部にてM&A業務や新規の法人取引獲得を推進。渋谷中央支店の支店長を経た2016年、イノベーション企業支援部設立に伴って部長に就任。18年より執行役員に就任。これまでに約2,500社以上のイノベーション企業を訪問し、メルカリやマネーフォワードの成長支援も実践。