驚異のワンショットで描く人間模様
最後に前出2作のようなコメディではないが、タイトルからして熱い作品を紹介したい。その名も「ボイリング・ポイント/沸騰」だ。
(C)MMXX Ascendant Films Limited
題名を聞くだけだと、なにやらディザースター(災害)ムービーのようにも受け取れるが、実はクリスマスを控えたロンドンのあるレストランの忙しい一夜を描いた作品なのだ。
しかも、そのレストランで繰り広げられる人間ドラマが、全編ワンショットで撮影されている。このような趣向の作品としては、最近では「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2015年)や「1917 命をかけた伝令」(2020年)があったが、どちらもそのように見えるよう編集された「疑似ワンショット」だった。
しかし、この「ボイリング・ポイント/沸騰」は正真正銘のワンショットで、映像への没入感は半端ではない。上映時間の90分間、リアルタイムでレストランやそこで働く登場人物たちを追いながら、縦横無尽に動き回るカメラワーク、俳優たちの当意即妙な演技がもたらす臨場感とともに、限られた空間で展開される濃密な物語が描かれていく。
物語の導入部では、いきなり厳しい衛生監視官が登場して、抜き打ち検査を敢行。ここで観客はワンショットのカメラの動きとともに、レストランの裏表を隅々まで知ることになる。作品の特性を活かした冴えた演出だ。
(C)MMXX Ascendant Films Limited
主人公は、レストランのオーナーシェフのアンディ。1年で最も賑わうクリスマス前の金曜日を迎えているが、妻子と別居したことで心身ともに疲れ切っていた。料理に集中できず、衛生管理のチェックや食材の発注も怠っていた。
そこにアンディとはライバル関係にあるシェフのアリステアがグルメ評論家を連れて来店する。店は満席状態のなかで、厨房とフロアの間でいさかいが発生し、次第にアンディはパニック状態に陥っていく。
カメラはレストランのスタッフはもちろん、来店した客の人間模様まで、切れ目なしのワンショットで興味深く切り取っていく。何度リハーサルを繰り返したのかは明らかではないが、ワンショットという1つの繋がりのなかに、見事に登場人物たちのドラマが収められてく。
『ボイリング・ポイント/沸騰』7/15(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開 /(C)MMXX Ascendant Films Limited
メガホンを取ったフィリップ・バランティーニ監督は、シェフとして12年間働いた経歴も持っており、レストランの裏表やそこに蠢く人間関係が見事に捉えられている。戸外が真夏のボイリング・ポイント(沸騰点)に達するなか、この作品の驚きの映像は、それさえも忘れさせてくれるかもしれない。