ビジネス

2022.07.13

勝ちグセを身につけよ。反転攻勢に出たANAのチャレンジとは

井上慎一 全日本空輸代表取締役社長


井上が心の持ちようを意識するようになったのは学生時代だ。中高は卓球部で活躍。大学生のとき、高校のOB会から女子部の監督を頼まれた。当時の女子部は万年1回戦負け。大学の卓球部監督に相談に行くと、「勝てそうな相手と試合をしろ」と助言を受けた。

「そのとおりにやって勝つ喜びを知ったら、顔つきが戦う集団になってきました。2年後、県大会準々決勝で2位の高校と当たったのですが、委縮する選手はひとりもいなかった。その試合に勝ってベスト4です」

卒業後は、三菱重工を経てANAに。前述のふたつの危機を経験した後、LCC立ち上げを命じられ、2011年にピーチを設立した。井上は、アドバイザーを務めたライアンエアー会長パトリック・マーフィーの一言をよく覚えている。

「社長としての心得を伺いに行ったところ『社長は従業員とその家族の人生を預かっている。彼らを幸せにするために、競争に勝たねばならない。だからビーストたれ』と叱られました」

ピーチでは、チェックイン機の筐体を段ボールにするなど、“おもろい”アイデアを次々に採用した。メディアで取り上げてもらうたびに社員のモチベーションが高まり、さらにアイデアが出るようになった。これも一種の勝ちグセ効果だ。

ANAでは、どうやって勝ちを積み重ねていくのか。井上が掲げるのは、顧客軸の強化だ。ANAホールディングスは23年下期に中距離国際線の新ブランド「AirJapan」の運航を開始する予定だ。フルサービス、LCC、その中間が揃うが、各ブラントが顧客を抱え込むのではなく、顧客が目的に応じて3つを使い分ける姿を目指す。

「イギリス在住のある方は、出張はフルサービス系を使い、歯医者はLCCでポーランドに通うとおっしゃっていました。日本でもこうした使い方がされる時代がすぐ来ますよ」

顧客軸のサービス展開に欠かせないのが、顧客データの把握だ。井上が今春まで社長を務めたANAXは、マイレージを非航空領域にも拡張するデジタルプラットフォームを構築する。これが航空ビジネスと融合すれば、ANAは顧客にとってさらに身近な存在になるだろう。

一般的に事業領域を広げれば、競争相手は増えていく。これからがビーストの本領発揮だろうか──。

「コンペティターと戦うより、自分の内面の闘いですね。トップが弱気な顔をしていたら、社員も不安になりますから」

井上はインタビュー中、終始ポジティブだった。彼の内面の闘いは、いまのところ負けなしのようだ。


いのうえ・しんいち◎1958年生まれ。早稲田大学法学部卒業。三菱重工を経て、90年に全日本空輸に入社。主に海外、営業部門に携わり2011年にPeach AviationのCEOとして実績を残す。20年に全日本空輸専務取締役執行役員、21年にANA X代表を兼任。4月より現職。

文=村上 敬 写真=苅部太郎

この記事は 「Forbes JAPAN No.094 2022年月6号(2022/4/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

連載

10年後のリーダーたちへ

ForbesBrandVoice

人気記事