「チャンプ」にふさわしい父になる 元ボクサーの最後のプライド|映画「チャンプ」


「本物のプレゼント」という父の悲願


1回目の「偽」のプレゼントがもたらした試練を経て、2人の絆はますます強まる。試合に勝ち賞金で家を買い息子を学校に通わせるという一世一代の目標に向かう父と、ひたすら父を信じる息子。自転車のTJに見守られながらビリーが道でトレーニングに励む場面は、リセット&リスタートの明るさに満ちている。

だが一方でビリーが、アニーのことをさりげなくフォローし、TJの母への拒否感情をほぐそうと努めるのは、「自分のいない後」のことをどこかで考えていたためかもしれない。

懸念を示す昔のトレーナーを説得して迎えた、カムバックの試合。大歓声と声援の中、前半はビリー優勢で進んでいくが、徐々に疲れが見え始め、終盤、壮絶なファイトへと突入する。

「やめさせねば」という仲間たちの声をバックに呟かれる「俺はやるんだ。今、やるんだ」は、「今までは息子の信頼に応えていなかった」であり、「応えることができるなら今死んでもいい」という覚悟の言葉だ。

血まみれの父の危険な状態を見てとって「チャンプやめて!」と叫ぶTJの声は、ビリーには届かない。TJにとっては父が負けても生きていてくれた方がいいに決まっているが、ビリーにとってはそうではない。

「息子に本物のプレゼントを贈る」という父の悲願は、「父とずっと一緒にいたい」という息子の希望を凌駕した。そういうかたちでしかビリーは、「チャンプと呼ばれるにふさわしい父になる」ことができなかったのだ。

連載:シネマの男〜父なき時代のファーザーシップ
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文・イラスト=大野 左紀子

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