では、なぜベンはこの賭けに乗ったのか。観客が抱く当然の疑問を、世話になった若者が「どうして僕たちに協力を」という台詞で口にする。ベンは答える「金持ちになりたかったんだろ。なったじゃないか」と。この台詞が実にシブい。
人はカネを目の前に悟った仏僧になることは難しく、みなが悟りを開いてゲームから降りてしまえば資本主義は成り立たない、そしてゲームに参加すれば勝利を目指すしかない、そのように僕は解釈し、ここに「別種の悟り」を読み取って感動した。
「マネー・ショート」は複雑な現実を単純化せず、なるべくそれをそのまますくい取り、そこに生きる人間の屈折した感情を描く。ゆえに、その味わいはハッピーエンドのような甘ったるさはなく、また感情を浄化するような感動の涙とも無縁のデリケートな味わいがある。それを僕はシブさと呼んだ。
僕は、この映画を観てから数年経った今年、映画よりも理屈を語ることに適した小説の特徴を活かして、サブプライムローン崩壊のメカニズムについて、登場人物たちが執拗に語る小説「マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白」を上梓した。ある高名な書評家は、延々と繰り広げられる経済に対するレクチャーに「変な小説」(いちおう褒め言葉らしい)と呆れていた。
実はこの小説は、「わからない」と言われ無視されがちだった映画「マネー・ショート」の弔い合戦のつもりでもあった。そして、この小説で奇妙な計画を立てた黒木という主人公が最後に語る台詞は、「マネー・ショート」からの影響を受けていることをここに白状しておく。