「戦地なら勲章、帰ってきたら殺人者」。帰還兵の母がロシア語作家に語ったこと

アフガン帰還兵やその母親たちの証言の記録『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』が話題だ


料理用の鉈で人を殺して……また戸棚に


裁判では弁護士のかただけが、「被告は精神を病んでいます」と言ってくれました。「被告席にいるのは罪人ではなく病人です。このかたには治療が必要です」と。でも七年前のそのころはまだ、アフガニスタンの真相は知られていませんでした。みんな英雄扱いで、「国際友好戦士」と呼ばれていました。でもうちの息子は殺人犯……。現地でやっていたことを、ここでやってしまったからです。向こうでやれば記章や勲章がもらえたことを……。なぜあの子だけが裁かれたのでしょう。あの子をあそこに送り込んだ人間は裁かれないのに。人殺しを教え込んだんですよ! 私はそんなこと、教えていません……(声を荒げて叫ぶ)。

あの子は料理用の鉈で人を殺して……翌朝、その鉈を持ち帰って戸棚に戻しました。普通のスプーンやフォークのように……。

両足を失くして帰ってきたお子さんの母親を、羨ましく思ってしまうんです……。たとえその子が飲んだくれて母親を罵ったとしても……世界を恨んでいたとしても。獣のように暴れて母親に殴りかかってきても。ある母親は息子の気が狂わないように女性を買っているそうです……。一度なんて、自ら息子の相手になったこともありました、その子がベランダの手すりによじ登って十階から飛び降りようとしたからです。私はそういうふうになったっていいんです……。ほかの母親がみんな羨ましいんです、息子を亡くしてしまった母親さえも。私はきっと、お墓のかたわらに座って、幸せに思うでしょう。お花をお供えするでしょう。

犬が吠えているのが聞こえますか? 追いかけてくるのが。私には聞こえるんです……。

(c)2013 by Svetlana Alexievich


スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:ジャーナリスト

1948年ウクライナ生まれ。国立ベラルーシ大学卒業後、ジャーナリストの道を歩む。綿密な聞き書きを通じて一般市民の感情や記憶をすくい上げる、多声的な作品を発表。戦争の英雄神話をうち壊し、国家の圧制に抗いながら執筆活動を続けている。2015年ノーベル文学賞受賞。邦訳作品に『戦争は女の顔をしていない』『ボタン穴から見た戦争──白ロシアの子供たちの証言』(岩波現代文庫)、『完全版 チェルノブイリの祈り──未来の物語』『セカンドハンドの時代──「赤い国」を生きた人びと』(岩波書店)など多数。


著者近影:(c)Margarita Kabakova

奈倉 有里(なぐら・ゆり):翻訳者

1982年東京生まれ。ロシア国立ゴーリキー文学大学卒業。東京大学大学院博士課程満期退学。博士(文学)。著書に『夕暮れに夜明けの歌を──文学を探しにロシアに行く』(イースト・プレス)、『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』(未知谷)、訳書にミハイル・シーシキン『手紙』、リュドミラ・ウリツカヤ『陽気なお葬式』(以上新潮クレスト・ブックス)、ウラジーミル・ナボコフ『マーシェンカ』(新潮社「ナボコフ・コレクション」)、サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』『赤い十字』(集英社)など。


スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』(岩波書店)

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