2015年ノーベル文学賞受賞者であるウクライナ出身ベラルーシ人女性作家、スベトラーナ・アレクシエーヴィチ氏による、アフガン帰還兵やその母親たちの証言の記録『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』(奈倉有里 訳、岩波書店刊)が刊行され、大きな話題を呼んでいる。
なおアレクシエーヴィチ氏は本作品刊行後、一部の証言者により「証言を捏造、歪曲した」として提訴された。証言者たちはすべてを語り、著者とともに泣いたのではなかったか? その証言をひるがえしたとすればなぜ?──転載元の書籍は、その裁判の顚末などを大幅に増補した、最新の版に基づく新訳である。以下「ソヴィエト兵は精神を病み、帰還後肉切りナタで──。話題書『亜鉛の少年たち』を読む」に続き、本書からの抜粋転載で紹介する。
※本稿は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』の「プロローグ」を再編集したものである。
一度だけ、アフガニスタンの話をしてくれたことがありました。夕食の前に……私がうさぎを料理していたら、台所に来たんです。ボウルの中は血だらけでした。あの子はボウルの血に指を浸して、その指を見つめました。まじまじと。そして独りごとのように言いました。
「腹をやられた奴が運ばれてきて……そいつに、撃ってくれって頼まれた……だから撃ってやった……」
指が血まみれでした……死んだばかりのうさぎの鮮やかな血で……。あの子はその指で煙草をつまみ、ベランダへ出ました。その晩は、それきりひとことも口をききませんでした。
「息子をもとに戻してください」
私は病院に行って医者に頼みました。息子をもとに戻してください、助けてくださいって。洗いざらい話して……あの子を検査して診てもらいましたが、神経根炎と診断されただけでした。
あるとき家に帰ると、見慣れない若者が四人テーブルを囲んでいました。
「こいつら、アフガンから帰ってきたばっかりなんだ。駅で会ったんだけど、泊まるところがないんだって」