ソヴィエト兵は精神を病み、帰還後肉切りナタで──。話題書『亜鉛の少年たち』を読む

アフガン帰還兵やその母親たちの証言の記録『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』が話題だ

「国際友好の義務を果たす」という政府の方針でアフガニスタンへ送り出されたソ連の若者たち。やがて彼らは一人、また一人と、亜鉛の棺に納められ、人知れず家族のもとへ帰ってきた……。

2015年ノーベル文学賞受賞者であるウクライナ出身ベラルーシ人女性作家、スベトラーナ・アレクシエーヴィチ氏によるアフガン帰還兵やその母親たちの証言の記録『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』が刊行され、大きな話題を呼んでいる。以下、本書からの抜粋転載で紹介する。

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※本稿は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳『亜鉛の少年たち──アフガン帰還兵の証言〈増補版〉』(岩波書店)の「プロローグ」を再編集したものである。


ひとりで生きていきます……。これからは、ずっとひとりで……。

息子が人を殺したんです……いつも私が肉を料理するときに使っていた鉈(なた)で……。戦争からは帰ってきたのに、ここで人を殺してしまった……翌朝、あの子は帰ってきて、もともとしまってあった戸棚に鉈を戻しました。ちょうどその日、その鉈でカツを作ってあげたはずです……。しばらくして、テレビや新聞の夕刊に、市内の湖で釣り人が死体を発見したというニュースが報道されました……。バラバラになった死体が発見されたって……。友達が電話をかけてきて私に、

「ねえ、新聞読んだ? プロの殺しかたですって……アフガンの手口よ……」

と言ったとき、息子はソファに寝そべって本を読んでいました。その時点ではまだなにも知らなかったし、心当たりがあったわけでもないのに、ふとあの子に目がいったんです。母親の勘かしら……。

あ、犬が吠えてるでしょう。聞こえない? この話を始めると、犬の鳴き声がするの。走ってくる足音も……。いまあの子がいる刑務所に黒い大型のシェパードがいて……職員もみんな黒服で、黒ずくめ……。ミンスクに戻ってきて、パンや牛乳を抱えてパンの売店や保育園のある道を歩いていても、まだ犬の鳴き声が聞こえる。耳を塞ぎたくなるような声が。そのせいで目の前がかすんで、車に轢かれそうになったこともありました……。

お墓に通う覚悟ならできていたんです


息子のお墓に通う覚悟ならできていたんです……隣のお墓に入る覚悟も……。でもわからない……わからないわ、こんなものを背負ってどうやって生きていけばいいの。たまに、台所へ行くだけで怖くなることがある、あの鉈がしまってあった戸棚を見るのが嫌で……。ほら、聞こえるでしょう? なにも聞こえないって……ほんとうに?

いまあの子がどうしているのか、私にはわかりません。十五年後、どんな子になって帰ってくるのかも。判決は、重警備刑務所に十五年……。どんなふうに息子を育てたか、お話ししましょうか。あの子が好きだったのは社交ダンスで……。二人でレニングラードのエルミタージュ美術館に行ったわ。一緒に本も読んだ……(泣く)。アフガニスタンにあの子を奪われてしまった……。
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