滑稽で、そして本の著者(シェイクスピア)への嘆願としてふさわしい、手書きの書き込みのひとつは、「ジョン・フラジール」という人物が、自分の眠っている間に彼の恋人を「盗んだ」輩を打ちのめす力を与えて欲しいと書き込んでいるものだ。もしかしたら、彼自身もう少し責められるべき点があったのでは? おそらく、フラジールは、その運命的な昼寝以前の行動を考え直すべきだったのでは? その昼寝も含めて? ああ、激しく揺さぶられる心、シェイクスピアの格好の餌食だ。つまり、このフォリオは、4世紀にわたって人の手に渡ってきた痕跡をすべて残しており、前の所有者と次の所有者に、シェイクスピアらしい楽しい恵みを与えてくれるのだ。
世界の希少本市場、あるいは高級美術品市場が影響を受ける程度には、現在はグローバル金融にとってデリケートな時期であるといってよいだろう。ロシアのウクライナ侵攻がインフレの巨大な推進役となって、その不確実性が、パンデミックの深く継続的な悪影響と相まって、大金を使うよりもむしろため込ませる力となっている。こうした状況の中で、この数週間で不安定な市場が何千億円もの価値が失わせたとはいえ、ジェフ・ベゾス(Amazon)やビル・ゲイツ(Microsoft)といった、たくましい第一世代のテックの巨人たちなら、このフォリオを手に入れるために必要な200万ドル(約2億7000万円)から500万ドル(約6億8000万円)程度の(彼らにとっての)ビール代は、さほど汗をかくことなく用意できるはずだ。その意味で、この出品は適正な価格であり、今月の終わりに向けて、多くのオークション参加者たちを引きつけることだろう。
そしてやはり、7月21日のニューヨークでは、グローバル金融全体の甚だしい迷走に対抗するように、シェイクスピアの永遠で、ゆるぎなく、計り知れない価値が明らかになるだろう。このフォリオは、この世界で最も重要な本の1冊なのだ。7月21日はシェイクスピアとプーチンとの対決だと、乱暴に表現したい向きもあるかもしれないが、シェイクスピアの死後4世紀にわたる偉大な影響を考えると、そうした比較はエイボンの詩人(シェイクスピアのこと)を矮小化することになる。