一例が、バイデン大統領が5月に日韓を歴訪した際に打ち上げた、新しいインド太平洋の経済的枠組み「IPEF」だった。日本は従来、トランプ政権が離脱を表明した「環太平洋経済連携協定(TPP)」への復帰を米国に強く求めていた。これに対し、中国は21年9月、TPPへの加入を正式に申請した。ただ、難色を示しているのは事実上、日本とオーストラリア程度だという。今年のTPP議長国になったシンガポールは「TPPは純粋な経済の枠組みなのだから、資格を満たしてルールを守れば、中国が加入しても構わない」という姿勢なのだという。
「いつまでも中国のTPP加入を阻止できない」と訴える日本に対し、米国が示した代案がIPEFだった。米議会が反対している以上、米国のTPP復帰は不可能だからだ。ただ、そうである以上、貿易協定に欠かせない関税の取り決めをIPEFに盛り込めない。日本側が「一体、どんな協定にするのか」と伝えると、米国側からは「ハイテクや脱炭素化、海外労働者派遣などで協力する枠組みにしたい」という返答があったという。
この返答に日本側は頭を抱えた。米国の頭にはおそらく、中国を排除した経済網を作りたいという思惑がある。世界経済の派遣を握るうえで重要なハイテクや脱炭素化、あるいは新疆ウイグル自治区など中国が非難を浴びている労働者問題などを取り上げたのだろう。ただ、米国が取り込みを狙う東南アジアや南アジア諸国も、こうした問題を大なり小なり抱えている。結果的に、IPEFへの参加をためらう国が続出しては、元も子もない。
日本はIPEFに否定的な印象を持たれないため、こうした国々との橋渡し役として奔走したという。米国も5月12日、米国・ASEAN特別サミットを開き、1億5千万ドル余の資金協力を発表した。バイデン大統領が5月23日に発表した参加国は、日米のほか、インド、ニュージーランド、韓国、シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、オーストラリアの13カ国にのぼった。日本政府関係者の1人は「ASEAN10カ国のうち、何とか7カ国は押さえられて良かった」と胸をなでおろした。
よく日本が頼れる枠組みは日米同盟とG7しかないと言われる。日本にしてみれば、米国が倒れては一大事なので、必死に支えようとする。中国が反発するのは仕方がないのかもしれないが、やり過ぎるとASEAN諸国などとの関係にも影響が出かねない。実際、ASEANからは日米豪印の安保枠組み「QUAD」や米英豪の安保協力「AUKUS」を警戒する声も出ている。ASEANなんて小さい国だから、とも言っていられない。インドネシアの国内総生産(GDP)は2030年代には日本と同規模になると言われている。
恨むべきは、米国の退潮ということだろうが、日本外交の前途はあまり明るくない。
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