冨田: そして07年に、世界で初めて「大規模データ・ドリブン・バイオロジー研究」の論文が、「サイエンス」誌に掲載されました。「サイエンス」や「ネイチャー」は学術論文誌の中でも別格で、これに論文が掲載されると、他の研究者からリスペクトされて一目置かれるようになります。
牧:そこから、「どうも鶴岡の研究所は本物のようだ」という評価に変わっていったのですね。
冨田:そうですね。07年のサイエンス論文が出るまでは、この研究所は大丈夫なのか、と思っていた人はいっぱいいたでしょうね。普通じゃない研究ばかりしていましたから。認められるのに7年かかりました。
牧:サイエンスを3年や5年の短期間で評価するなと言いたくなってしまいますよね。短期間で成果が出るような研究だったらつまらない研究しかしなくなってしまうような気がします。そもそも評価指標が間違っているようにすら思えます。
近年、アントレプレナーシップ研究の分野で、「Effectuation(エフェクチュエーション)」という概念が広まっています。エフェクチュエーションというのは、優れたアントレプレナーの行動様式の共通点をまとめたものです。エフェクチュエーションの対義語が、「Causation(コーゼーション)」で、いわゆる因果関係を意味しており、「未来は予測できるものだ」という前提のもと、こうありたいという姿から計画を立てることを意味しています。
起業に関してはコーゼーションではダメで、そうではなく、「未来はどうなるか分からないから、ざっくりとした目標を立て、今あるリソースでとりあえず進めていきながら軌道修正すれば、いつの間にかインパクトあることができるようになる」というエフェクチュエーションのほうが効果的とされているんですね。
冨田:まったくその通りですね。私が取材を受けるとき、最後に必ず聞かれる質問に「5年後、この研究所はどう発展していると思いますか?」というものがあります。そのときの私の答えはいつも「それは分かりません」です。なぜなら今までの20年間で、5年先を予測できたことがないからです。13年にスパイバーが青いドレスを作ったときも、13年にHMTが上場したときも、その5年前の08年にはそんなこと想像もできませんでした。
「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(ショウナイホテル スイデンテラス)」ができる18年の5年前の13年には(同ホテルを企画・運営するヤマガタデザイン創業者の)山中大介くんはまだ鶴岡にいませんでしたからね(笑)。まさか、ショウナイホテル スイデンテラスができるなんて思ってもみなかった。従って、今から5年後を予測することはできないし意味がない。予測できないから面白いんですよね。
牧:これには5つの原則があるのですが、冨田さんはそのまま当てはまる感じがします。1つ目の原則が「Bird in Hand(手中の鳥)」で、「新しい方法ではなく、既存の手段を用いて何かを作ること」です。冨田さんがコンピュータ・サイエンスからバイオロジーに移ったとき、文字列の解析は両者に共通の方法じゃないですか。つまり既存の方法を使って新しい価値を生み出すことをされていて、そこの原則については常に考えていらっしゃるだろうなと思います。
2つ目の原則が「Affordable Loss(許容可能な損失)」です。これは、「損失を出しても致命的にならない許容範囲のリスクはあらかじめ設定しておくこと」。なんとなく、冨田さんはそういったことを直感的になさっていますよね?
冨田:図星です。その言葉はどなたが言っているんですか? 私が常々話していることそのままですね。