時代のニーズとペインが目まぐるしく変化するなか、彼らはどのような戦略を立て、変わりながら成長してきたのか。慶應義塾大学総合政策学部教授の保田隆明氏が語る(本記事はボルテックス100年企業戦略オンラインに掲載された記事の転載となります)。
ドイツのシーメンス(Siemens)という企業をご存知でしょうか?「ああ、東芝みたいな総合エンジニアリング企業だよね?」と思った方、半分正解です。が、半分不正解です。同社は今やSAPに次ぐ「ソフトウェアカンパニー」にすっかり変身しています。それはESGによってです。最近は何でもかんでもESGで、食傷気味の方も多いかもしれませんが、ESGがチェックボックスだらけのつまらない代物になる企業もあれば、ESGで飛躍的に企業の中身がガラッと変わる企業もあります。シーメンスはそんな1社です。
今の時代においてサステナブル、つまり持続可能な企業であるためには、ESG経営を実践することが必要不可欠です。ESG経営を進めていくことは、このサイトのテーマになっている100年続く企業の条件であると考えられます。ちょうど4月に出版した書籍『ESG財務戦略』(ダイヤモンド)の中で、長期にわたり持続的成長を達成している企業の経営戦略について取り上げたところです。そこで、以下ではその中から、100年続く企業の特徴として、最も重要な特徴を2つご紹介します。
「世界」がステークホルダーになっている
100年続く企業の特徴の1つ目は、事業ポートフォリオの変遷がうまくできていることです。そして、2つ目は、ステークホルダーとの関係見直しがうまくできているということです。時代や環境の変化により、企業は事業ポートフォリオを柔軟に変える必要があり、機会を捉えてスムーズに、時にはドラスティックに中身を組み替えることが求められます。また、関係するステークホルダーみなのウェルビーイング(well being)を高めることができれば、業績も自ずと向上し、従業員のエンゲージメントも高まり、企業は長期にわたって高い競争力を維持することができます。
具体的事例としてはいくつか書籍の中で紹介したのですが、その中でも100年以上続いている企業のネスレ、ユニリーバ、シーメンスの3社における事業ポートフォリオとステークホルダー経営について以下見ていきます。先に3社の概要を記載しておきます。
【歴史の長い欧州大手企業】
ネスレは、1867年にドイツ人薬剤師のアンリ・ネスレ氏によって育児用粉ミルク製造の会社として設立された企業です。創業当初から、母乳育児ができない乳児への栄養補給を目的としていたように、社会課題解決企業でした。ユニリーバは、1884年、英国で石鹸の販売から始まり、今では世界最大級の消費財メーカーです。シーメンスは、長距離電信線を開発する企業として、1847年に設立されたドイツを代表する総合エンジニアリング企業です。1866年にはダイナモ、1879年には電気鉄道を開発するなど、電気工学、通信電力技術の分野でイノベーションをリードし、その後、半導体、通信、発電、家電、医療機器事業など幅広い事業を展開するコングロマリット企業になりました。
【事業ポートフォリオの変革:事業ドメインのパラダイムシフト】
ネスレは、合併や買収、商品多角化、グローバル化を通じて、今では、毎日10億人以上が商品を購入する世界最大の食品・飲料事業会社へと成長しました。過去200年間において、衛生環境の改善もあいまって、摂取カロリーと寿命の伸びは比例していました。実際に、ヨーロッパの平均寿命は19世紀から20世紀にかけて倍になったのです。しかし、1990年代に根本的なパラダイムシフトが起きました。それはカロリー摂取量を増やし続けると寿命が短くなるというものでした。一方、世界の人口の半分は栄養失調でした。
これらの問題を同時に解消すべく、2003年にネスレはNHW(Nutrition, Health, and Wellness)ビジョンを発表し、栄養と健康とウェルネスを提供するリーダー企業へと方向転換しました。栄養価の高く、健康によい食品・飲料メーカーにシフトしたのです。結果として、事業ポートフォリオから過剰摂取が健康を害することにつながりかねない加工食品や菓子類の割合が減り、栄養食品やペット用品の構成が高くなりました。
【事業ポートフォリオの変革:サステナビリティを中心に】
シーメンスは、2008年にチーフ・サステナビリティ・オフィサーを外部からスカウトし、サステナビリティを組織全体の戦略的ミッションの一部として位置付け、バリューチェーン全体で気候変動対策に取り組むことを決意します。同社はまず、自社の製造施設でエネルギー効率化を実現し、そこで得られた知見を外部にビジネスとして販売することで新たなビジネスチャンスを作り出します。そしてこの環境ポートフォリオビジネスが同社全体の4分の1の収益を上げ、シーメンスの顧客に1億1,400万トンの二酸化炭素削減をもたらします。
そして、同社は「グリーン・イノベーション」に関連するビジネスポートフォリオを抽出し、エネルギー効率化、再生エネルギー、環境技術の3つのプログラムを環境関連の重要なビジネスと位置付けます。過去10年間では、ESGにそぐわない事業は売却やIPOを通じてスピンアウトさせるなど、早いスピードで各事業部のリストラ(事業の再構築)や組織再編成をおこなっています。また、特徴的なことは、R&D(研究開発)に多額のお金を投じていることです。R&DとM&Aを通じて事業ポートフォリオをESG時代にマッチさせたものに大きく変化させてきています。
シーメンスの企業規模は小さくなっている一方、2011年と2021年で比較すると時価総額は約2倍に、(買収コストを何年で回収できるかを示す)EV/EBITDA倍率は約3倍に増加しており、株価の推移も堅調です。これは株式市場からも事業ポートフォリオの変化を前向きに評価されていることに他なりません。
【ステークホルダー経営とCSV】
ネスレのステークホルダーとの関係構築は、同社のCSV(Creating Shared Value)経営に現れているでしょう。詳細は、同社が2007年から発行しているCSV報告書に記載されていますが、すべてのステークホルダーのための価値を創造してはじめて、ネスレは長期的な成功を収めることができると、CSV経営を掲げたのです。社会貢献の取り組みを、自らのサプライチェーンに関連するステークホルダーを積極的に巻き込んでいき、事業活動そのものが地球環境の再生や消費者を含む幅広いステークホルダーへの価値創造につながる仕組みに作り上げました。組織づくりにおいては、働きやすい職場環境づくり、企業文化、国籍の多彩性、ダイバーシティ&インクルージョン、ハラスメントのない環境づくり、地域コミュニティのウェルビーイング向上などにも取り組んできています。
一方、現状の課題は、開発途上国の農業従事者への依存度が高いため、サプライチェーンで関与する先すべてを包括的にESGシフトさせていくことです。それに対しては、2020年のCSRレポートでは、Human Rights(人権)の章が作られ、人権の重要度を最重要とし、強制労働、児童労働、労働時間、健康と安全など、労働の各局面に関する行動規範も制定し、情報開示も積極的におこなっています。
【ステークホルダーとの関係の見直し】
ユニリーバは2009年には経営不振に陥っていましたが、2009年から2019年の11年間にわたりCEOとしてユニリーバを率いたポール・ボルマン氏が復活させました。はじめに彼が着手したのは、マルチステークホルダーの長期的な利益を重視したパーパス・ドリブンな経営へのシフトです。彼は、就任早々、短期志向の株主に経営が左右される傾向に異を唱え、四半期毎の財務報告を廃止しました。そして、Compassと呼ばれる新しい戦略フレームワークを作りました。ユニリーバの存在理由(パーパス)を明確にし、規律、共通の価値観、行動指針、リーダーシップの明確な基準(成長志向の維持、人への投資、責任の所在など)を示しています。
それをさらに発展させたものがユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)です。USLPの大きな目標は3つです。1つ目は、10億人以上の人々の健康とウェルビーイングを改善する。2つ目は、環境負荷を半減する。3つ目は、何百万人もの人々の生活を向上させる、です。そして、それぞれの下に具体的な項目、数値、アクションなどを明記し、オープンにすることで同社の戦略とサステナビリティのロードマップを一致させました。
ユニリーバのマルチステークホルダーは、従業員(Our People)、最終消費者(Consumers)、小売店(Customer)、サプライヤーとパートナー(Suppliers & Business Partners)、社会(Society)、地球(Planet)から構成されています。日本の「三方良し」をこえる、「六方良し」です。同社は、会社の課題やチャレンジ、事業機会につなげる戦略を明らかにし、オープンにすることによって、すべてのステークホルダーと信頼関係を築き、改善を進めました。2020年の従業員サーベイでは「ユニリーバで働くことに誇りを感じる」と回答した割合が93%となっており、従業員のエンゲージメントも高くなっています。
100年続く企業として、ネスレ、ユニリーバ、シーメンスの3社のポートフォリオの変遷とステークホルダーとの関係づくりについて見てきました。3社に共通しているのは、世界的なサステナビリティの流れを機会として事業ポートフォリオの変遷をしてきたこと、そして世界がステークホルダーになっており、世界中の人々、どの地域も自分ごとになっていることです。
近年は、日本企業がお手本にするべき企業としては、GAFAMなど米国企業が中心に議論されることが多いですが、歴史の長さと扱っている事業ドメインからは、これら欧州企業の取り組みは大いに日本企業にとって参考になると思われます。
保田隆明(ほうだ たかあき)◎慶應義塾大学総合政策学部教授。リーマンブラザーズ証券会社、UBS証券会社にて投資銀行業務に従事後、2004年に起業。同事業を売却した後、ベンチャーキャピタルファンドの運営、小樽商科大学大学院准教授、昭和女子大学准教授、神戸大学大学院経営学研究科教授、スタンフォード大学客員研究員などを経て2022年4月より現職。専門分野は、コーポレートファイナンス、ESG/SDGsを通じた事業変革、ソーシャルファイナンスなど。主な著作に『ESG財務戦略』『コーポレートファイナンス 戦略と実践』など。博士(商学)早稲田大学。
本記事は「100年企業研究オンライン」に掲載された記事の転載となります。元記事はこちら。
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