インタビューを終えて
成功の条件は、才能を発揮できる環境にある
鉄の階段を下り、地下へ潜ると、秘密部屋があった。お香のいい香りがする。周りをキョロキョロ見わたす。ギタやベースに加え、目にしたこともない音響機器がずらりと並んでいる。部屋の中心にはMacのモニターが据えられ、大小のスピーカーが左右に複数に配されていた。
ここからあのミュージックが生まれてきたのか、と思うと、クリエイティブの心臓部分に触れるような感覚になった。ただ、話を聞くと、その場がレコーディングルームとは少し違う印象になった。ここは、ある種の実験室かもしれない。新しい発明が生まれる場所。
後藤さんは取材中にこう語ってくれた。「自分はレコーディング寄りのミュージシャン。音響に対する何かを突き詰めている」と。確かに、アジカンの楽曲は、メロディとハーモニー、リズムが素晴らしいのは当然ながら、編曲やミックスまで徹底してこだわり抜かれている印象がある。
音楽とは、圧倒的にテクノロジーが進んでいる領域のひとつだ、と私は思う。私自身もプライベートで趣味程度に作曲する。例えば、DAW(Digital Audio Workstation)というソフトを使えば、一瞬で完璧なピッチに修正できる。あるいは、昔につくられた音楽を鮮やかによみがえらせることができるソフトがある。さらに、音符と歌詞さえあればAIがあなたの声を使い、音程通り完璧に歌ってくれる。
アートとサイエンス、その両方が最もクロスしている芸術、そのひとつは間違いなく音楽である。しかもその扉はいま、パソコンさえあれば、誰にでも開かれている。
後藤さんはこう言った。「音楽的な才能に恵まれた人は、世の中に山ほどいる。差が生まれるのは、手に入る環境でしかないと思う」
私は、これはビジネスでも同じだと感じた。商売の才能、マーケティングの才能、エンジニアリングの才能がある人は山ほどいる。一方で、その人なりの成功をつかめる人はごく一部である。では、その差を決めるのは何か?それが間違いなく「環境」だろう。
周りにいる人間の考え方のビジネスレベルはどうか、最高のパフォーマンスを出すために必要な機材や施設が周りにあるか。これらは「環境」そのものだ。
つまり、実験室というコンセプトは、ミュージシャンだから必要なのではなく、実はどの時代、どんな職業にも高いパフォーマンスを出すうえで必要なのかもしれない。そう感じた1時間半だった。
後藤正文◎ 1976年、静岡県生まれ。ロックバンド「ASIAN KUNG-FUGENERATION(アジアン・カンフー・ジェネレーション)」のボーカルとギターを担当。ソロでは「Gotch(ゴッチ)」名義で活動。インディーズレーベル「only in dreams」を主宰するほか、2018年からは、新進気鋭のミュージシャンが発表したアルバムに贈る作品賞「APPLE VINEGAR-Music Award-」を個人で立ち上げた。東日本大震災を契機に、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』を自ら創刊、編集長を務める。
北野唯我◎ 1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『内定者への手紙』ほか。近著は『戦国ベンチャーズ』。