来世は存在するのか? 難題のテーマに挑んだ北欧ミステリ「印(サイン)」


来世は果たして存在するのか? 宗教の領域にも属し、オカルトやスピリチュアルな世界へも足を踏み入れるこのテーマは、ややもすると死を、ルールを重んじるゲームとして扱うミステリというジャンル小説にとって、扱いに困る要素を孕んでいる。そんな難題に対し、安易な特殊設定に逃れることなく、理性を重んじた捜査小説として、堂々と勝負を挑んだのが本作だろう。

亡くなったマリアは、幼い日に湖で父親が溺死するのを目撃したが、そんな悲劇は母との絆をより一層強める結果となり、周囲を呆れさせるほど親密な母娘関係を築いていた。2人は、母のいまわの際に死後の約束を交わしたが、母の死から2年が過ぎたある朝、リビングの床に1冊のプルーストが忽然と現れる。マリアは、これこそが母から送られたサインだと確信したのだ。

死んだ母親からの合図(サイン)、死者の国が存在することの証拠(サイン)、そしてマリアの死をめぐる手がかり(サイン)。いくつもの「印(サイン)」に導かれるように、エーレンデュルは湖畔の変死事件に囚われていく。

なぜマリアは、父親の死の記憶が残る湖のほとりで自分も死ななければならなかったのか? 非公式な捜査を始めたエーレンデュルは、マリアとその夫の友人や縁者を訪ね歩き、彼らの記憶の片隅に眠る、4人の医学生たちが興味本位で行った臨死体験の実験を突きとめる。

医学を志す若者たちが、死後の世界への関心から危険な実験に手を染めるエピソードは、キーファー・サザーランド、ジュリア・ロバーツなどが出演した映画「フラットライナーズ」(1990年)を思い出させる。2017年には続編的なリメイクも製作されているが、そのなかで黄泉の河を渡る人工的な臨死体験は、リスクと高い代償を伴うものとして描かれていた。

本作のエーレンデュルもやっと探し当てた当時の被験者の凋落した姿に、大きな衝撃を受ける。人生というものの不思議さと、そこに潜む危うさに無常の感慨を抱くが、その一方で変死事件のかすかな遠因を男の回想のなかから見出していく。
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文=三橋 曉

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