来世は存在するのか? 難題のテーマに挑んだ北欧ミステリ「印(サイン)」

Getty Images

Getty Images

北大西洋の北極圏に近い島国アイスランドは、スカンジナビア諸国(スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)にフィンランドを加えた4国とは地理的な隔たりこそあるが、国旗に共通するスカンジナビア・クロスが物語るように「5番目の北欧」として知られる。

「ノルディック・カントリーズ」と言われる政治的な繋がりも深い5カ国の中で、アイスランドは独立した国家として現在の体制を築いたのは第二次世界大戦中ともっとも遅い。

しかし、まだ100年にも満たない歴史のなかで、1980年に世界初の女性大統領を選出し、冷戦終結の端緒ともなった1986年の首都レイキャヴィクでの米ソ首脳会談は世界が注目した。

また軍事同盟のNATOに加盟しながら、自国の軍隊を持たない唯一の国でもあり、リーマンショックが引き起こした金融危機からのめざましい回復が世界を驚かせたことも記憶に新しい。

世界最高峰の警察小説の1つ


さて、「火と氷の国」とも呼ばれる火山と氷河からなる豊富な観光資源や、ビョークやシガー・ロスら世界的にも有名なミュージシャンとともにこの国が誇る1つに、北欧神話や年代記(サガ)に代表される物語の伝統がある。

口承や読書という形で、長く厳しい冬と寄り添うための大切な娯楽として、数々の物語が人々の間で紡がれてきたが、その系譜を継承し、いまなおこの国を代表するものとして、現代ミステリ小説の文化が挙げられる。

そんな同国のミステリ・シーンを代表する作家の1人が、アーナルデュル・インドリダソンである。レイキャヴィク警察の捜査官エーレンデュル・スヴェインソンのシリーズはそんな彼の代表作であり、世界最高峰の警察小説の1つだ。



日本ではインドリダソンの6作目の翻訳紹介となる「印(サイン)」は、冬も近い晩秋のある夜のこと、美しい紅葉で知られるシンクヴァトラの湖畔から始まる。深夜のコールセンターへの緊急通報は、訪ねた先のサマーハウスで、梁からロープでぶら下がる親友の変わり果てた姿を発見したカレンという女性からのものだった。

首を吊って死んでいたのは女主人のマリアで、夫のバルドヴィンの話では、彼女は2年前に母親をがんで亡くして以来、精神的に不安定な状態に陥っていたという。自ら命を絶ったことはほぼ間違いなかったが、捜査官であるエーレンデュルはどこか引っかかるものを感じた。

そんな彼の背中を押すように、後日、発見者のカレンが警察署を訪ねてくる。マリアが自殺する筈はないと訴えると、彼女はエーレンデュルに1本のカセットテープを差し出した。そこには、死後の世界に興味を抱いていたマリアが、生前に参加した降霊会の様子が録音されていた。そのなかで彼女は、冥界の母親からメッセージを受け取ったと、霊媒師に語っていたのだ。
次ページ > 来世は存在するのか

文=三橋 曉

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事