イタリアの自転車屋の事業承継がセンスとヒントに溢れている理由

ドラーリの自転車

3月末に中野さんと上梓した『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』のなかで、新しいラグジュアリーは若い人たちの思考や期待と重なることを書きました。それはそれで事実なのですが、若い世代だけが旧型ラグジュアリーに嫌気がさし、新しいラグジュアリーを求めているわけでもありません。今回は、違った世代に焦点を合わせてみます。

イタリアの自転車屋のストーリー


アンドレア・カメラーナさんは50代前半の男性です。友人から、「アンドレアがなかなか面白い自転車屋をやっているから、会ってみないか」と誘われたのがきっかけで知り合いました。ぼくは自転車マニアでもないのですが、この自転車屋ヒストリーから、ある匂いを感じたのです。

彼が共同経営するドラーリ(Drali)という自転車工房は、ミラノとパヴィアを結ぶおよそ50キロのルート近くにあります。ミラノの自転車乗りの人たちが、休日に好んで往復する、メッカと呼ぶにふさわしいエリアです。

ドラーリはおよそ1世紀前に生まれました。2017年、カメラーナさんは、年老いた創業二代目から学生時代の仲間と一緒に会社を引き継いだのです(二代目は昨年末、93歳で亡くなりました)。道路からこの店をみると、「ちょっと凝った自転車屋かな?」と思います。しかし、工房の裏にはさまざまな計測器やジム機器が揃っており、そうとうに本格的です。

商品のメインカテゴリーはレース用です。しかし、乗り手はプロではありません。アマチュアで最高峰レベルの走りを楽しむ人たちです。今年からは、イタリア北西部のピエモンテ州で毎年開催されるレース「コッパ・ピエモンテ」へ協賛し、「コッパ・ピエモンテ・ドラーリ」と名前が変わり、1000人以上が参加しました。また、子どもたちの自転車クラブも応援しています。


コッパ・ピエモンテ・ドラーリ

「鑑賞するモノとしても、使う道具としても、自転車の完璧なバランスやシンプルさに惹かれる」とカメラーナさん。彼自身、これまでの人生で、人にあげたものや売ったものも含め、個人として300台くらいの自転車を買ってきました。「今、自宅の部屋に飾っているのとは別に、ガレージにあるのは数台だけど」と話すように、バイクを介して他人が喜ぶ表情を眺めるのが好きなようです。
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文=安西洋之(前半)、中野香織(後半)

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