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企業が永続するために持つべき「パーパス」とは〜武田薬品工業とPwCが考える、大変革時代を生きるための処方箋

高速で変化し続けるビジネスシーン。コロナ禍をきっかけに世界中の注目を集めたヘルスケア業界もまた、先が読めない時代へ突入している。そのなかで武田薬品工業株式会社(以下、武田薬品工業)は2021年、創業から240年を迎えた。これまでも、これからも社会に変わらぬ価値を提供し、サステナブルな存在であり続けるために、同社が経営の根幹に置くのが「パーパス」。ではなぜ今こそパーパスが重要なのか。その理由を語るのは同社の国内事業部、ジャパン ファーマ ビジネス ユニット を率いるプレジデントの古田未来乃(以下、古田)だ。

対話の席に着くのは、同じくパーパスに基づいた経営を推進するPwC Japanグループ代表の木村浩一郎(以下、木村)と、PwC コンサルティング合同会社ヘルスケア・医薬ライフサイエンス事業部リードの堀井俊介(以下、堀井)。鼎談はファシリテーターを兼ねる堀井の質問から始まった。

激変するヘルスケア業界、市場環境と構造は大きく変化した

堀井:新型コロナウイルス感染症の拡大から2年以上の月日が経過しました。古田さんから見て、近年のヘルスケア業界を取り巻く一番の環境変化はどのようなことでしょうか。

古田:コロナ禍が引き金となりビジネス環境の変化は加速しましたが、ライフサイエンスのイノベーションが学術研究機関(アカデミア)やバイオベンチャーと企業のパートナーシップにより生み出されることがより顕著になってきたことでしょう。ワクチンの研究・開発を例にとっても、これまでは大手企業が年月をかけて進めるのが一般的でした。しかし新型コロナウイルス感染症に対するワクチンにおいては、スタートアップやアカデミアとのパートナーシップによって生まれたものが少なくありません。これによってはっきりしたことは、ヘルスケアにおけるイノベーションの種は、製薬企業のみならずバイオテック(生物学×テクノロジー)企業やアカデミアなど、さまざまな場所に散らばっているということです。

堀井:かつては非常に時間がかかる創薬が、「ワクチンをいち早く社会に届ける」という共通のミッションのもと、官民一体となって工夫して取り組んだことで、1年という、これまで考えられないほどのスピードでワクチン供給が始まりました。コロナ禍がライフサイエンス企業、政府、個人などに潜在する能力、可能性の扉を、一気に開いたとも言えるのではないでしょうか。

私が考えるもう1つの環境変化が、患者がワクチンを選択する時代へ転換したということです。私たちが主体的にワクチンのメーカーを選べる状況も、かつては考えづらかったですよね。ペイシェント・セントリック(患者中心)な時代の本格的な到来とも言えると思います。

古田:おっしゃるとおりですね。ペイシェント・エンパワーメントという言葉も近年使われていますが、コロナ禍で一気に加速した印象です。

堀井:患者を取り巻く変化とともに、ヘルスケア企業を取り巻く環境も大きく変わろうとしています。こうした不透明な時代のなかでの経営判断は非常に難しいと言えますが、武田薬品工業とPwCはそれぞれ、企業のパーパスに基づいた経営を推進しています。パーパス経営は、グローバルなビジネスシーンにどのような影響を与えているのでしょうか。次のトピックとして考えていきたいと思います。

古田未来乃 武田薬品工業 / ジャパン ファーマ ビジネス ユニット プレジデント

古田 未来乃

武田薬品工業 / ジャパン ファーマ ビジネス ユニット プレジデント

一橋大学法学部卒業。ペンシルバニア大学にてMBA取得。金融機関での勤務を経て、2010年武田薬品入社。日本、スイス、メキシコおよびスウェーデンで勤務した後、コーポレート ストラテジー オフィサー 兼 チーフ オブ スタッフを経て2021年4月より現職。

Why/What/Howで道筋を分かりやすく示す

堀井:「先が読めない時代」と言われて久しい現代ですが、そのようななかで「パーパス経営」を志す企業は少なくありません。木村が代表を務めるPwC Japanグループも、そのうちの1つです。PwCはグローバルで「Build trust in society and solve important problems(社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する)」というパーパスを掲げています。このパーパスの存在は、PwCのグローバルネットワークにおける従業員の働き方にどのような影響を与えていますか。

木村:170年の歴史をもつPwCですが、パーパスが発表されたのは約10年前です。監査が祖業ということもあり、“信頼”こそ大切であるとの考えに基づいています。

グローバリズム、ひいては資本主義さえも変容を余儀なくされつつある昨今です。ヘルスケアのシーンでも、患者がエンパワーメントされてくれば、企業の施策も打ち出し方、あるいは施策自体を変えていく必要があるでしょう。ビジネスモデルもまた変わっていくはずです。ただ変化に対しての患者それぞれの感じ方や、順応のスピードは異なります。ヘルスケア業界に限らず、顧客の価値観も今までになく多様化が進んでおり、従来の常識に基づいた一辺倒なやり方は至る所で通じなくなっています。社員や周囲を巻き込み、クリエイティビティを駆使して対応しなければ、組織として競争に勝つことは難しいでしょう。

人こそが資産のPwCですから、自らも多様性をもって、いかに価値創造につなげていくかが大きな課題です。「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパスは、PwCのプロフェッショナル(社員)の価値観にも直結します。PwCグローバルネットワークには30万人が在籍しています。育った環境も文化も異なるメンバーが集まって、さまざまなプロジェクトで協働するわけですが、そうした多様なメンバーがともに価値を創造していくには、共通の指針が必要です。例えばプロジェクトメンバー間で意見が分かれた時、パーパスに立ち返ることで、何を基軸に意思決定すべきかが明確になります。また、顧客をはじめとするステークホルダーに対しても、PwCは何を大切にしているかを把握していただきやすくなります。

木村浩一郎 PwC Japanグループ代表

木村 浩一郎

PwC Japanグループ代表

86年青山監査法人入所。プライスウオーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向、あらた監査法人(現 PwCあらた有限責任監査法人)代表執行役を経て、2016年よりPwC Japanグループ代表に就任。2019年からPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。

堀井:パーパスがあることで、大きな変化のまっただなかでも揺るぎない判断を行うことができるということを、私も実感しています。武田薬品工業も、パーパス経営を強く推進していますね。

古田:私たちはヘルスケア事業をグローバルで展開していますが、医療は国家の財源で賄われていることが多く、医療システムは国の方針によって大きく異なるというのが実情です。つまり武田薬品工業は、革新的な医薬品を届けるという共通の目標を、世界中のそれぞれ異なる市場で最適な形で実現しようとしている社員の集合体なのです。文化的背景が異なる仲間が一丸となるにはパーパス(存在意義)と価値観が重要になります。「タケダは、世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献するために存在します。」という自らの存在意義でつながり、同じ方を向くことで、一丸となって価値を提供することができるのです。社会に対してどのように貢献するのかを明確にすることで、そこに共感する人材も集まってくるようになります。

木村:おっしゃる通りですね。私は企業経営において、Why/What/Howの3要素が必要だと考えています。

Whyはパーパスを指します。自分たちがなぜ存在しているのかを明文化するということです。しかしそれだけでは、日々の実務においてパーパスをどう体現していくかは分かりづらい。そこで必要なのがWhatです。パーパスを実現するために何を行うのかを明確にするのです。PwCは経営ビジョンとして「The New Equation」を掲げ、「Trust(信頼)」と「Sustained Outcomes(持続的な成果の実現)」という2つの企業のニーズにコミットすると定義しました。

最後にHowです。パーパスに基づいた戦略を、どのように実現するかということです。PwCは「Values & Behaviors」(行動規範)を通して、組織において一人ひとりにどのような振る舞いが求められるのかを明示しています。

PwCのパーパスと行動規範の図

Why/What/Howのもと、多様なメンバーが互いを尊重し、誰もが心理的安全性をもって働ける環境を目指すことで、不確実な時代でも価値を創造し続けられると信じています。グローバルな組織であればなおさら、従業員の適切な理解を深めるための道しるべが必要だと思います。

古田:グローバル組織においては、誰にとっても分かりやすい表現を心掛けることも大切ですよね。私たちには企業理念の中に、240年の歴史の中から生まれた、「タケダイズム(誠実:公正・正直・不屈)」という私たちが大切にしている価値観を含めています。これは木村さんの表現を借りるとすれば、「Who (we are)」に当たるものだと思います。この価値観を多くの海外従業員の皆さんに心の底から理解してもらうため、どのように伝えていくかという事に心を配りました。その結果、タケダイズムに加え、「1. 患者さんに寄り添い(Patient)2. 人々と信頼関係を築き(Trust) 3. 社会的評価を向上させ(Reputation)4. 事業を発展させる(Business)」という日々の行動指針を示しました。これが、さまざまな局面での意思決定に役立っています。世界各地にはさまざまな規制があり、対応の仕方を都度、各国で決めていく必要があります。判断に迷う時、この4つの順番で考えることで大きな失敗を防ぐことができるのです。今では、世界中の武田薬品工業の社員が内容をそらんじて言えるほど浸透しています。

タケダイズム
木村浩一郎 PwC コンサルティング パートナー

堀井 俊介

PwC コンサルティング パートナー

ヘルスケア・医薬ライフサイエンス産業事業部のリード。20年以上にわたりPwCでコンサルティング業務に従事。ヘルスケアのプロフェッショナルをつなぐ取り組みである「医彩」のオーナーも務める。
医彩: https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/healthcare-hub.html

選ばれ続ける企業であるために大切なこと

堀井:コロナ禍のみならず、近年は地政学リスクも高まっており、先行きは不透明さを増しています。武田薬品工業においては、経営方針の変化も考えられるのでしょうか。

古田:その答えはパーパスに含まれています。私たちは一貫して、人々の健康と明るい未来に何ができるかということを考えて行動していきます。例えば新型コロナウイルス感染症に対するワクチンですが、社内では自社創製ワクチンについての議論もありました。しかしながら、パーパスに則って考えた時、このパンデミック下においては、社会にどれだけ早くワクチンを提供できるかのほうが大切だと判断しました。その結果、研究・開発で先行しているワクチン候補のなかから成功確率の高いものを評価・選定し、当社の開発部門が日本で臨床試験を実施し、日本当局から承認を得るという選択に至りました。さらに海外より技術移管を行い、国内生産も実施可能となりました。自社のみでの研究(創製)にこだわるよりも、他社を含めグローバルで蓄積された知見を活用し、当社の開発能力、製造能力に加え流通網、ステークホルダーとの信頼関係といった組織能力を生かして普及に注力することで、特に日本の皆さんの健康に貢献できたと自負しています。

堀井:パーパスや企業理念は変わらない。それを体現する戦略や戦術は、柔軟に変えていくということですね。これまでPwCは武田薬品工業と、パンデミックのデータをもとに医療提供体制の変化を予測するツールや、クローン病のデジタルツインシミュレーションツールを共同開発するなど、テクノロジーを活用したヘルスケア事業のトランスフォームを推進してきました。今後も、価値観のように変えるべきでないところは守り、変えるべきところは変えていく。そのような姿勢で、支援を継続していきます。

古田:ありがとうございます。パートナーシップによるイノベーションは大切ですし、PwCに対して今後も期待しているところでもあります。

堀井:それでは最後の質問です。いつの時代も選ばれ続ける存在であるために、企業に求められるアクションとは何でしょうか。長い歴史を持つPwC、そして武田薬品工業の考えを伺います。

木村:パーパスに基づいた経営を通して、社会からの信頼に応え続けていくことだと考えます。グローバルな組織の日本法人として価値創造ができるか、ローカルのなかでジャンルを超えたパートナーシップが構築できるか、クライアントが望むスピーディーな支援を実現できるかなど、日々の経営においては多くの課題があります。そうした重要な課題を解決していくためには、社会からの信頼が不可欠です。企業のパーパスや理念といった変わらない部分に対する信頼があるからこそ、チャレンジングな施策にも挑戦可能になり、変化への対応力も上がります。近年注目されているESG(環境、社会、ガバナンス)は、まさにその観点と言えるでしょう。決してコンプライアンスのためだけの領域ではありません。価値創造のなかでESGが満たされていき、ESGの期待を満たすことが価値創造につながる。そうしたサイクルを生み出せれば、信頼もきっと高まるはずです。

信頼構築は受け身ではなく、主体的に取り組んでいくべきもの。その循環をつくり出すことで、求められ続ける企業になるのだと思います。

古田:薬をつくるために環境に負荷を与え続ければ、それは持続的な活動ではなくなります。「世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する」というパーパスも、自ら破壊してしまうことになるでしょう。価値に見合わない薬価の設定は医療財政の持続性に負荷をかけることになります。だからこそ、当社は「価値に基づく医療(バリューベースヘルスケア)」の考え方に基づき、価値の高い医療により多くの資源が配分される医療制度が患者さんや社会に多くの便益をもたらすと考えています。そして持続可能な医療制度を維持・構築するために、当社は段階的な価格設定、価値に基づく価格設定を実施し、さらに患者さんを支援するプログラムを提供しています。また、臨床開発における治験の対象者が人種的に偏ればダイバーシティの問題が生じることもあります。これからはヘルスケア業界全体の課題に真剣に取り組む企業が、サステナブルな存在になり得るのではないでしょうか。

製薬業界は希少疾患や難病に焦点が移っていることもあり、技術を持つ企業や異なる業種の企業とのパートナーシップの重要性は今後ますます高まっていくでしょう。ペイシェント・ジャーニー(患者さんがたどる、疾患の認識、診断、治療、その後の生活に至るまでの道のり)に寄り添いながら、他社やアカデミアを含むさまざまなステークホルダーとスクラムを組んで課題を解決するエコシステム・アプローチができる企業こそが、選ばれるようになると思います。

これからも揺るぎないパーパスのもと、積極的にパートナーシップを組みながら、社会により多く貢献し、信頼を積み重ねていきたいと思います。

企業が永続するために持つべき「パーパス」とは〜武田薬品工業とPwCが考える、大変革時代を生きるための処方箋

text by Roichi Shimizu
photographs by Masahiro Miki
edit by Akio Takashiro

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PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。