士気が上がってきたのは、トップの思いが伝わったことも大きい。全国から社員を集めて事業再生の経緯説明をした会議で、佐藤はこう切り出していた。
「書店員の価値を高めたい。定年で辞めるとき、書店員でよかったと自信をもって言える会社にしよう」
佐藤は学生時代、北海道の書店「本の店 岩本」でバイトを始めた。暇なときに好きなだけ本が読めると思ったからだ。岩本は急成長して佐藤も忙しくなり、当ては外れた。2000年、岩本は文教堂に事業を譲渡。佐藤は東京に移り住んで店舗開発に追われたが、Amazonが存在感を増すなかでも「書店員はECにない接客力がある。もっと評価されるべき」という思いは揺るがなかった。それが社員へのメッセージとなって表れたのだ。
すでに書店員が価値を発揮できる新規事業にもトライしている。書店員がファシリテートして一般客との読書会や企業向けの読書研修を行うブックトレーニング事業だ。
「コロナ禍で社会が不安に包まれていたとき、お客様にインタビューしたら、書店員と本の話をして気が楽になったという声がありました。これがまさに書店員の価値。試しに読書会を開いたら好評だったため、21年11月から事業化しています」
現在は、ブックトレーナーを社内資格化して、社員教育に取り組んでいる最中だ。教育の一環として、就業時間内の20分を読書に充てられる仕組みもつくった。「利用率はまだ40%ほど。『会社にお膳立てされて読みたくない』とこだわりをもつ人も多くて、さすがうちの書店員だなと(笑)」と痛しかゆしの表情だ。
ゆくゆくはブックトレーナーを業界標準の資格に育て、書店員の活躍の場を広げる考えだ。
「書店の売り上げは業界平均の動きと連動していて、時代のトレンドには逆らえないのが実態です。しかし、どこかが新しい挑戦をして、他社が一緒にやりたくなるような成功事例をつくれば、トレンドを変えられるかもしれない。まだ事業再生中ですが、文教堂がその先鞭をつけるつもりでチャレンジしていきます」
さとう・きょうじ◎1966年生まれ。大学を卒業後、札幌で愛されていた大型書店「本の店 岩本」に入社。90年代に人気となったレンタルビデオの成長で、拡大する店舗の開発畑を歩む。文教堂への事業譲渡後、店舗開発部長を経て財務担当部長、2018年から現職。