今回の主人公、青木亮は約3年前に電通デジタルへ入社。現在はグローバルアカウント第2事業部でグループマネージャーを務めている。
昔、ロンドンを訪れた際に通りすがりのパブで、人種差別的な言葉を投げ付けられた青木。そのことをきっかけに彼は、「いつか言い返せるようになる」ために英語を必死に学んだ。
そこからグローバルに働きたいという思いを強く持つようになった青木が、電通デジタルに辿り着くまでの道のりとは。そして同社で海外クライアントを相手に働くことの醍醐味を語ってもらった。
決意の退職、渡米。自ら切り拓いたグローバルへの道
「海外勤務を実現できるのは、全社員の1%未満」
それは何としても海外で働きたい青木にとっては、あまりに狭き門だった。
新卒で就職したのは、国内の大手飲料メーカー販社。国内営業として働きながら英語学習に精を出し、TOEICの点数はついに900点を突破した。
「このまま限られたチャンスを待つよりも、自分でチャンスを掴みに行った方が早い」と判断し、意を決して退職。研修生ビザを手にアメリカへ渡り、現地のWebマーケティング会社で働き始めた。
念願が叶ったアメリカでの仕事は、刺激に満ち溢れていた。上司の計らいで就労ビザへ切り替えられたが、契約社員である以上いつかは帰国する可能性が高い。
限られた時間で何か爪痕を残さなくては──。そんな危機感から、営業、Webサイト構築とWebマーケティング案件の企画・提案とプロジェクトマネジメント、広告運用など、マーケティングに関わる幅広い業務を経験した。
アメリカでの3年間の経験は、日本でも大いに真価を発揮した。帰国後は電通グループのカラ・ジャパンにメディアプランナーとして入社し、世界的なソフトウェア開発会社の日本におけるオフラインとデジタルプロモーションのアカウントリードを任された。
2019年には、デジタルマーケティングに特化したキャリアを歩むべく、電通デジタルへ移籍。働き始めるとすぐに、競合他社にはない強みがあることに気付いたという。
「電通デジタルは、案件の入り方が他社とは違うと感じました。おそらく他のデジタル専業代理店の多くは、クライアントが求めるKPIに対するメディアプランの提案から話を始めると思います。
しかし電通デジタルは、電通インターナショナルや電通とタッグを組むことが多いため、『クライアントのビジネスプランをどうメディア戦略に落とし込むか』という話から始めます。最初にビジネス全体の戦略があり、それをもとにメディア戦略を練り、最後にメディアプランを作成するのです」
クライアントのビジネスからデジタル広告「だけ」を切り離したところで、大した成果は出ない。それは国内外でありとあらゆるマーケティング施策に携わってきた青木にとって、あまりにも当たり前の事実だった。
「デジタル広告は、クライアントが取り組む施策のほんの一部に過ぎません。その点、当社ではクライアントのビジネスに上流から携わるので、広告領域に限定されない、より本質的で包括的なデジタルマーケティングソリューションを提供できる。これは競合他社と比べた際の大きなアドバンテージだと感じました」
日本を知っているだけでは、日本を説明できない
青木が所属するグローバルアカウント第2事業部は、金融やIT、飲料メーカーなど、さまざまな業種の海外企業に対するフロント業務を担当している。クライアントの与件をメディア戦略やメディアプランに落とし込み、デジタル広告の運用・改善までの総合プロデュースおよびコンサルティングすることが主な役割だ。
そこでマネージャーを務める青木が最も印象に残っていると話すのは、世界的IT企業が開発したVR機器の案件だ。
最初は検索広告施策のみの依頼だったが、静止画、動画、ソーシャル、E-commerce、SEOと徐々に取引が拡大し、大きな収益を達成した。
成功の鍵の一つが、先方との丁寧なコミュニケーションの中にあったと、青木は振り返る。
「海外のクライアントを担当すると、国内のクライアントからは絶対に聞かれないことへの説明を求められるケースが多々あります。例えば、日本における検索広告の施策では常識と思っていても、アメリカの企業にそのプランを提出すると『なぜこのプラットフォームなのか』と聞かれるのです。
こうした質問は日常茶飯事でした。私たちがデジタルマーケティングにおいて常識と考えているものが日本独自の概念ということは珍しくありません。他国においては非常識だったり、新しいものであったりするものに対して、日本の業界やマーケット構造をイチから説明する必要があります」
国内企業が相手であれば一往復で済む話が、海外企業が相手だと十往復もかかってしまう。そんなケースはよくあるのだという。
苦労は伴うが、先方の理解がなければ前には進めない。相手の理解度に寄り添ったコミュニケーションをやり抜いたことが、取引拡大の一因となった。
海外とのコミュニケーションの第一線に立つ自分たちが、本当に果たすべき役割とは何か。青木はそれを常に考えている。
「海外クライアントが自分たちに求めているものは、英語力やデジタルマーケティングのスキルだけではありません。それらはあって当たり前。最も大切なのは『日本をどう説明してくれるか?』という要求に応える力なんです。
それに応えるためには、日本と海外の差分を正しく認識していなくてはなりません。日本の市場に詳しいだけでは不十分で、日頃から国内外のマーケットにアンテナを張っておくことが大切ですね」
忙しさは醍醐味。でも“働き過ぎ”は徹底防止
誰からも愛されそうな人懐こい笑顔、打算のないコミュニケーション。少し前に出会ったばかりのはずが、長い間知り合いだったような気がしてくる。
こんな人が上司だったらきっと楽しい。青木にはそう思わせる魅力がある
そんな青木が束ねるチームにはどんな特徴があるのだろうか。
「『自分の担当以外のことは関係ありません』といった排他的な雰囲気は一切ありません。どのメンバーもクライアントの状況を常に把握した上で、適切なタイミングでサポートし合っています。担当業務は異なっていても、一つのお客様に向かっている意識は共通しています」
一方で、メンバーの“働き過ぎ”を防止する上で青木のような管理職が重要な役割を果たしているという。
「時差があるので、国内クライアントだけを担当する人よりも融通が利きにくい部分はありますが、だからといって無限に働いていいというわけではありません。
電通デジタルには夜の22時から朝の5時までは業務をしないという全社共通のルールがあるので、管理職が再調整を依頼するなど、その時間に働く必要がないよう徹底しています」
なお、海外クライアントが相手の場合、プロジェクトメンバーの労働時間と単価によって契約金が決まることが多いため、契約した労働時間内での効率的な働き方が求められる。そうした背景も、不要な時間外労働を防ぐ一因になっていると言えるだろう。
相応の月日が流れ、青木は思い描いた仕事も、恵まれた環境も手に入れた。しかし、現状に満足しているわけではない。まだまだやりたいことがあるという。
「将来的には、アジアにおけるグローバル案件のハブとなる組織づくりやマネジメントに貢献していきたいと考えています。今は言語や時差の関係からシンガポールがその役割を務めていることが多いのですが、同様に我々も海外諸国の中心となり、各マーケットをマネジメントできる存在になっていけたら嬉しいです。
そのためには、非ネイティブの国だからといって甘く見られないように組織的な英語運用能力の向上はもちろん、グローバル案件を円滑に遂行していくための体制整備や各メンバーのスキル強化、経験者の積極採用など、まだまだチャレンジすることがたくさんあります」
かつてロンドンで人種差別に涙を飲んだ青年は、「英語を使ってグローバルに働く」という夢を、さらに大きな夢へと成長させていた。
世界を相手に働く喜びを噛み締めながら、ありたい自分へと向かう旅を、青木はこれからも続けてゆく。