2021年10月下旬、米ニューヨーク・ウォール街にある4ワールド・トレード・センターの71階にある「Spotify(スポティファイ)」米本社。創業者兼CEOのダニエル・エク(39)はその日、早朝5時から仕事をしていた。金融アナリストたちと電話会議をし、立て続けにインタビューを受け、本社の従業員200人が参加する全体ミーティングを行った。
「大盛り上がりでしたよ。ここでは2年ぶりの対面のミーティングでしたからね」
頭をそり上げてひげをたくわえ、穏やかな口調で話すスウェーデン人のエクはそう言う。
「すばらしく、温かい雰囲気でした。みんなが抱き合ったり、拍手し合ったりしていましたよ」
彼らが喝采する理由はいくらでもある。この日、スポティファイは第3四半期の業績を発表。収益は20年の同四半期から27%跳ね上がり、29億ドルに到達。広告売り上げは75%伸び、3億7500万ドル近くまで増えた。アクティブリスナーの数は前年比20%弱の増加で、3億8000万人以上を数える。有料購読者数は現在、1億7000万人を超えている。
スポティファイは、エクが10年前にフォーブスの「30 UNDER 30(世界を変える30歳以下30人)」特集の表紙を飾ってから、ずいぶん遠くまでやって来た。12年1月の当時、同社の従業員数はわずか500人で、売り上げは3億ドル、評価額は20億ドルだった。同社が米国でサービスを始めてから6カ月しかたっていなかった。
それが今では184カ国で運営され、従業員数は7400人、年間売り上げは97億ドルに達する。スポティファイは18年に株式公開しており、エクの資産は推定44億ドルに達する。「スポティファイは、数億人ものユーザーを著作権侵害行為から有料顧客へと移行させた原動力になった」と、ショーン・パーカーは語る。パーカーは海賊版の共有に使われたナップスターの共同創業者で、後にスポティファイの投資家になっている。
「ダニエルが音楽業界を救ったと言っても過言ではありませんよ」
レコード会社は、まちがいなくスポティファイでもうけている。スポティファイが米国に上陸した11年、音楽配信は6億ドル規模の事業部門であり、レコード業界の年間世界収益の4%に過ぎなかった。それが20年には、音楽配信は134億ドルの売り上げを達成し、レコード業界の収益の62%を構成するまでになった。同年、スポティファイは50億ドルを著作権保有者に支払っている。その大部分が大手レコード会社であり、そのうちの推定5億ドルが音楽を録音したアーティストにわたっている。
「スポティファイの文化的、金銭的影響がこれほど大きくなるとは、夢にも思いませんでした」
そう語るエクはさらなる成長を目指している。“目玉”の奪い合いは、ほかの巨大メディア企業たちにやらせておけばいい。スポティファイは世界の“耳”を狙うことにしたのだ。
「音声部門は過小評価されている。数千億ドル規模の産業 であるべきだ」と、エクは言う。
「私たちが勝ち取るべき分野です」
実際、音声分野は断片化されており、おそろしくアナログだ。調査会社WARCによると、ラジオの視聴者数は毎日推定30億人に上り、その広告収入は毎年300億ドルを超える。
「米国だけで、音声広告費の3分の2がいまだに地上波ラジオに使われている」と、エクは指摘する。
「オンラインに移せる収益があるということです」
エクはスポティファイを、デジタル音原を聴こうと思ったら最初に立ち上げるアプリにしようとしている。音楽だけでなく、ニュースや物語、生配信のトーク番組、オーディオブック、教育コンテンツもそうだ。そして、そのすべてが人工知能(AI)を活用したアルゴリズムにかけられ、個々のリスナーに適した音声配信として届けられることになる。つまり、ティックトックやユーチューブ、インスタグラムが写真や動画でやってきたことを音でやろうとしているのだ。