一度、こんなことがあった。性懲りもなく警視庁に電話して質問していたときのことだ。
「A署に勤務している警官は官舎に住まうことはありえますよね」
「まあ、そうですね」
「で、この警官がB署に転勤になりました」
「ん? なりましたってのは?」
「ですから、小説の話です」
「え、ああ、はい」
「で、この警官がB署に転勤になったけれど、そのまま官舎に住み続けることはありえますか。距離的にはそんなに離れていないので、そういうこともあるのかと思うんですが」
「……少々お待ちください」
そして、またしても電話口でかなりのあいだ待たされた挙げ句、「そういうことはちょっとお答えできかねます」ときた。思わず僕は悲痛な声で訴えた。
「そのくらい教えてくれたっていいじゃありませんか。でないと、デタラメな警察小説や刑事ドラマが溢れちゃいますよ!」
相手は失笑気味に笑って、次のように答えた。
「まあねえ。ふふふ。……ええ、そのままそこに住むこともあるんじゃないんですか」
同じ警察でもキャラが違う
警察小説には、元警官の書き手もいて、こういう人が書くものはさすがにリアリティがあり、その小説を読むことが取材の代わりになることがある。ただ、いちばん有効なのは、すでに退官した元刑事に教えてもらうことだ。
ただし同じ警察でも、たとえば刑事課の刑事と公安部の刑事ではかなり組織の趣や風土がちがう。とうぜんキャラクターもちがってくる。刑事、生活安全、公安にそれぞれ親しい友人をつくれれば最高なのだけれど、まだそういう好運には巡り会えていない。
ストーリーを教えていた映画監督志望の青年の義理の兄が、とある県警で刑事部捜査第四課(いわゆるマル暴)の刑事をやっていると聞いて、教え子を介して取材を試みたことがあった。その時に尋ねたかったことはもう忘れてしまったが、こんなエピソードを教えてもらって、このときは僕が笑わせてもらった。
若い刑事が結婚したので、上司、先輩、同僚がこぞって披露宴に参列していた。ところが宴たけなわの頃、大きな事件が勃発したという知らせが入った。出席していた刑事たちは、式を中座して捜査に向かうべくいっせいに立ち上がった。思わず花婿も立ち上がろうとしたところを、上司が「お前はここに残れ、命令だ!」と叫んだ。
このエピソードは、僕が書いている警察小説「巡査長 真行寺弘道」シリーズで使わせもらった。
しかし、そういうあれやこれやを経て、やっと現実らしきものを掌握することができたとしても、あえてこれらを無視して書くこともある。そのほうが小説の流れにとって有効だと感じるときはあえてそうするのだけれど、理由は自分でもはっきり言語化できない。フィクションは「嘘で語る真実」だと思っているからかもしれない。
だったら最初から例のアドバイスに従って「適当に書いておけば」よさそうなものだが、やはり、嘘の中にも真実が混じっていなければならないなんてややこしいことを思っているようである。