苦しみの方程式「苦しみ=痛み×抵抗」
「ル・ブルギニオン」に話を戻そう。2009年より延べ12年、ミシュランの一つ星を獲得していた「ル・ブルギニオン」は、2022年の最新版で残念ながら星を落とした。
星を落とすと、シェフのなかには「ミシュランは全然わかってない」「自分は間違ってない」と文句を言ったり、「星なんかないほうがいい」と強がったりする人が多いと聞く。だが、菊ちゃんは「ミシュランはちゃんと見ているんだなと思いました」と言った。「昨年と一昨年というのは、コロナのせいにするわけじゃないけれど、きちんと料理に向き合えていたかといったら、いままでとは明らかに違っていた」と。
先日、FMヨコハマの番組で、地域や宗派を超えた「H1法話グランプリ」の企画をされている、神戸・須磨寺の副住職、小池陽人さんをゲストにお迎えした。そのとき、小池さんから「苦しみ=痛み×抵抗」という苦しみの方程式を教えていただいた。例えば蚊に刺されたときに、痒いなと思って掻いてしまうことが抵抗。しかし、掻けば掻くほど痒くなり、痛みが増していく。つまり、抵抗することによって、苦しみや悩みは大きくなっていくのだ。
菊ちゃんはまさに「ミシュランの星を落とした」という痛みに抵抗することなく、逆にしっかりと受け止めて、次はどうするかを考えている。その謙虚さこそが、星の復活への近道になるだろう。いや、星以前に、菊ちゃんの新しい料理を食べたい人が増えるのは確実だと思う。
今月の一皿
「新玉ねぎのスープと帆立貝のタルタル」。甘みと爽やかさが夏の間近を感じさせる。
blank
都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。
小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。