「一般的には、米国は世界で最も進んだがん治療を提供しているという認識がある」と話すのは、この研究論文の筆頭著者で、イエール大学の医学研究者養成コースであるM.D./Ph.D.(医学士/医学博士)コースで学ぶライアン・チョウ(Ryan Chow)だ。
「米国の医療制度は、新たな治療法を開発し、そうした治療法を他国よりも迅速に患者に届けているという定評がある。そこで、米国におけるがん治療への多額の投資が、実際にがんのアウトカム(治療の結果)改善につながっているのかという点に、私たちは関心を持った」
米国医師会雑誌(JAMA)の「JAMAヘルス・フォーラム」に5月27日付で掲載されたこの研究では、22の高所得国について、がん治療費用とがん死亡率を調査した。その結果、米国は年間で総額2000億ドル、患者1人あたり約600ドルを費やしていることがわかった。一方、調査対象となった22カ国の費用平均は、年間で患者1人あたり300ドル程度だった。
それにもかかわらず、米国のがん死亡率は、調査対象国全体の平均と比べて、ほんのわずか低いだけだった。さらにフィンランド、アイスランド、日本、オーストラリア、韓国、スイスの6カ国は、米国よりもがん死亡率が低く、なおかつ治療に必要な費用も低かった。
「がん治療により多くの費用がかかっている諸国では、がん治療のアウトカムがより改善している、とは必ずしも言えなかった」とチョウは語る。
喫煙が、がんによる死亡につながる重大な危険因子であることはよく知られている。喫煙者は非喫煙者に比べて、さまざまな種類のがんを発症するリスクが大幅に高まる。しかも、肺がんをはじめとするこれらのがんの多くは、いまだに死亡率が高い。
米国の喫煙率は他の多くの国よりも低く、今回の分析対象となった22カ国の一部についてもこれが当てはまる。ゆえに研究チームでは、米国のがん死亡率が低くなったのは、喫煙率の低さが関係しているのではないかと推察した。だが、喫煙率を考慮してデータを調整した場合は、米国のがん死亡率は、分析対象となった国のうち9カ国よりも高くなった。
「喫煙の要素を考慮して調整することで、米国が置かれている厳しい立場がいっそうはっきりする。米国は喫煙率が低く、そのことが、患者をがんによる死亡から守る効果を発揮しているからだ」とチョウは指摘した。
研究チームでは、薬価を米国におけるがん治療費が高い要因のひとつに挙げている。
この論文の共著者であり、ニューヨーク州ポキプシーにあるヴァッサー大学で、科学・技術と社会学部の学部長と教授を務めるエリザベス・ブラッドリー(Elizabeth Bradley)博士は、「変化をオープンに受け入れる姿勢を持てば、米国が、他の国々や医療制度から学べることはたくさんある」と指摘する。
「米国の医療制度に関しては、出費が増える一方で治療成績が悪化の一途をたどっているのは、多くの論文で指摘されている点だ。この傾向ががん治療に関しても当てはまることが、今回の研究で明らかになった」とブラッドリー博士は付け加えた。