漁業と居酒屋が一体となったビジネスモデルに確かな手応えを感じていた五月女。そこにやってきたのがコロナ禍だった。国内で感染者が増え始めると、4000人以上の宴会予約が半月でキャンセルとなり、売り上げは前年比で95%も落ち込んだ。壊滅的な打撃だった。
「コロナは長期化する」。そう考えた五月女の決断は速かった。20年春には、全10店舗のうち、9店の閉鎖を決定。「再開の芽」として残した最後の1店舗も翌年、閉じることに決めた。
ゼロからの再出発をどうするべきか──。悩み抜いた先にたどり着いたのがペットフードだ。五月女が語る。「漁業に携わるなかで、値のつかない魚が養殖魚の餌になっていく現場を見てきました。市場に出回ることがない魚も、貴重な資源として次の命の栄養になっているのです。そこで、養殖魚に使えるのならば、ほかの生き物にも応用できるのではと考えました」。
これまでに培ってきた漁と水産加工のノウハウを生かし、魚だけを材料に使う「完全無添加」にすることで、商品の差別化を図った。実際にインターネットで販売を開始すると、顧客からは「ペットフードを変えてから、猫の体調がよくなった」という声が寄せられ、五月女は挑戦への手応えを感じている。
さらに、漁とペットフードを組み合わせた新しい発想のビジネスにも着手している。「親子で須賀利町を訪れてもらい、漁とペットフードづくりを体験できるツアーも始めました。愛猫と一緒に宿泊することもできます。単なるペットフード販売にとどまらず、この複合的な取り組みをさらに発展させていきたい」
漁を起点に、居酒屋からペットフード、さらには体験型ツアーへ。逆風にも屈しない、五月女の新たな挑戦は始まったばかりだ。
五月女圭一◎ゲイト代表取締役。1972年生まれ。明治大学政治経済学部卒。東京都で店舗事業を手がけるほか、三重県尾鷲市須賀利をイノベーションのフィールドとして漁業や地域の活性化に取り組んでいる。