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2022.06.17 16:00

精密界面制御技術で環境問題と食糧問題の解決に挑む〜Ambitious for The Sustainable Future Co-Creation for Innovation Vol.1

せっけんから事業をスタートさせ、130年以上もの間「社会をよくしたい」という想いを引き継いできた花王は、せっけんに始まる精密界面制御技術をさまざまな分野に生かし、私たちの生活を支えてきた。その花王が今、環境・食糧問題などの課題解決に取り組み、世界を変えるイノベーションを起こしはじめている。当連載では、そのイノベーションの背景にある想い、脈々と受け継がれてきた社会課題と向き合う技術力を紐解いていく。



花王のイノベーション、そしてESG経営を語るうえで、「責任」というキーワードは欠かすことができない。同社・執行役員で研究開発部門をリードする寺崎博幸はこう切り出す。

「技術の進化にはポジティブの側面とネガティブの側面が混在する。生活を豊かにしたいという想いで生み出した商品であっても、地球環境に負荷を与えることがあるかもしれない。だからこそ資源を大切に使い、その負担を軽減する責任を果たすことも自社の使命なのです。世界の持続可能性を高めるイノベーションを実現することは、花王の企業としてのあり方そのものを問うことだと考えています」

地球環境や社会への責任をトレンドではなく“前提”としてとらえてきた花王は、長年にわたって積み上げてきた基盤技術にイノベーションの活路を見いだしている。同社が開発する革新的な洗浄基剤「バイオIOS」や、食糧増産技術「アジュバント」「土壌改良剤」は、それぞれ分野も用途もまったく異なるものの、「資源を大切に使う(想う)」精神によって、自らが誇る「精密界面制御技術」で社会課題を解決するという点で共通している。

バイオIOSは、人口増加や経済成長によって加速する洗剤原材料不足や、自然環境の破壊という課題にフォーカスし生み出された洗浄基剤・界面活性剤だ。まったくゼロから新しい組成の界面活性剤が発明された事例は、世界でも50年ぶりだとされている。

従来の洗浄剤の原料はヤシ油やパーム核油がほとんどを占める。その生産地は非常に限られており、原生林伐採による環境破壊も問題視されてきた。そのため増加の一途を辿る洗剤ユーザーの需要に追いつけず、近い将来、洗剤の品質や価格は維持できなくなると懸念されている。

バイオIOSは、これまで洗浄剤用植物油脂原料として用いることが困難であった「非可食性オレイン油脂」というアブラヤシの実からパーム油を採取した際の搾りカスを原料として活用できる。生分解性を極限まで確保し、従来の洗浄基剤に比べ洗浄性能も高く、これを配合した製品では、従来洗剤と比較してエネルギー使用量、CO2排出量をそれぞれ約3分の2に、水質汚染負荷量を約2分の1に、大きく低減することに成功している。

さらに高硬度、低温の水でも使用できるため、欧州など硬水地域や寒冷地にも適しているのも強みだ。バイオIOSの研究開発のリーダーを担う野村真人は言う。「国内では衣料用洗剤で実用化しており、基剤そのものの生産量も着実に増えている状況です。現在グローバル展開を視野に事業化・協業を進めており、世界規模での持続可能な社会の構築に貢献していきます」

「社会課題を解決したい」想いが生み出すイノベーション


花王は食糧増産技術の開発にも、自前の精密界面制御技術を徹底的に生かしている。高い減農薬効果を実現する「アジュバント」、植物が本来もつ生育能力を最大限高め、収穫量を上げる「土壌改良剤」のふたつがその好例だ。

花王が開発するアジュバントは高いぬれ性や浸透性を有し、少ない農薬で効率的な害虫駆除効果を発揮する。昨今では、農家の生産性を高めるドローンを使った農薬散布に対応すべく、風の影響を受けにくいアジュバントの開発・実用化も進めてきた。花王マテリアルサイエンス研究所・富田洋志は言う。

「ドローンを使った農薬散布には、作物への農薬被覆率の低さだけでなく、対象作物以外への農薬飛散など環境課題が残されていました。花王のぬれ性向上技術と蒸発抑制技術のふたつの精密界面制御技術を取り入れたアジュバントは、それら課題の解決にも高い効果を発揮します。今後中国だけでなく、農業就業人口減少や農薬問題に悩む国々への展開を視野にプロジェクトを進めていきます。また、日本の農業の生産性を高め、輸出力を強化できる技術として発展させたいです」

一方、土壌を改良・維持し作物の安定的な収穫量を担保する目的で開発されているのが、「土壌改良剤」だ。植物バイオマスから取り出した低縮合リグニンを使った花王の土壌改良剤は、土壌を団粒化することにより土壌の通水性を高め、作物の生育状態の向上に効果を発揮する。しかも、わずかな使用量で土の質を向上させることができるという。さらに、原料のひとつとして、ここでもヤシの非可食部を活用すべく現在研究に取り組んでいる。

また土壌の質を改良する際には、排水性を高めるために大規模な機械作業を投入するケースが少なくない。土壌改良剤は農家の負担となっている財政的なコストも解決し、誰でも効率的に生産性を高めることができるという特徴と汎用性をもつ。

高分子化学を専門としてきた同研究所の望月裕美は、農業とは違う視点から見つめ直すことで気づけることがあり、「低縮合リグニンは作物の種類は問わず土地のポテンシャルを引き出せる」と、自身の研究に自信をのぞかせる。

「現在は大豆をターゲットにした実証実験の成果を積み上げている段階。エビデンスや効果の検証を積み上げ、ほかの作物にも横展開していく計画です。将来的には、米国や中国、またインドをはじめとしたアジア諸国、そして食糧問題に課題を抱えるあらゆる地域で活用できるよう研究開発を進めていくことを目標としています」

環境や社会に対する責任から、多くのイノベーションを生み出し続ける花王。大いなる責任には、大いなる力が宿る━━。花王の実情からは、イノベーションとESG経営の新たな方程式が浮かび上がる。



Kao’s Co-Creation インベンションに顧客価値がかけ算されてこそイノベーションは実現される


地球や社会に対する責任、物事の本質を追求する本質研究、ビジネスユニットと機能ユニットを有機的に結合させたマトリックス組織など、イノベーションを支えるいくつもの強みをもつ花王。寺崎はそれらが培われた「花王のモノづくりの歴史そのもの」を見直すことこそ、ESG経営実現の“最短ルート”だと考えている。

「せっけんから始まり、さまざまな商品を展開している花王の原点には、常にお客様の生活に貢献し喜んでもらいたいという企業理念がありました。言い換えれば、花王の商品開発の130年の歴史そのものがすでにESGだったと私はとらえています。そして、その企業理念を進化させていくことこそ、新たな時代に対応したESG経営を実現する最適な道になるはずです」

そしていま、花王が進めるのは、培われてきた技術を現代のあり方、社会課題の解決に向けて活用していく作業だ。

「イノベーションは世に出て役立ってこそ威力を発揮します。しかし、一部門、一社だけでは解決できない課題も増えてきています。自社のすべての部門、そして他社とも積極的に連携してイノベーションを起こし、インパクトを発揮していきたい」

花王は環境問題、高齢化、パンデミック、多様化など4つの社会課題にフォーカスし、解決に向け技術のイノベーションを続けていくという全社的な方針を掲げている。そして、世に横たわる数多くの課題と技術を結びつけ解決していくためには、ユーザーファーストの視点をもち続けることこそ何より重要になるだろうと寺崎は確信している。

「発明を意味するインベンションとイノベーションはイコールではない。インベンションに顧客価値がかけ算されてこそイノベーションは実現されます。かけ算であるため、どんなに優れた技術ができたとしても、お客様や社会にとって価値がなければゼロになってしまう。逆に技術のレベルがそれほど高くなくとも、価値が高ければ優れたイノベーションとなります。生活者や社会に役立つ技術とは何か。顧客価値のさらなる向上と社会課題の解決、ESG経営を同時に実現するために、ユーザーファースト、ソーシャルファーストの視点を忘れず研究開発を進めていきたいです」


和歌山工場に併設された温室の「バイオマス研究棟」には、洗剤の主原料であるココヤシやアブラヤシをはじめ、油のとれる植物、薬や香料の原料となる植物などが植えられている。製品に使用する資源をすべて大切に使いきる。その想いはここから生まれている。



未来にも使い続けられるサステナブルな界面活性剤「バイオIOS」、世界の食糧問題解決に寄与する、「アジュバント」「土壌改良剤」は、花王が130年間「社会をよくしたい」という想いを引き継いできたからこそ生み出すことができた最新技術だ。これからの社会を支える最新技術と未来を見据えて研究を続ける花王の研究者たちを紹介するコンテンツサイト「花王の顔」はこちら

promoted by KAO / text by Jonggi Ha / illustration by Tim Boelaars / photograph by Kei Ohnaka / edit by Miki Chigira