デジタルテクノロジーを武器に。制約を超える表現はどう生まれたか?

TOKYO2020パラリンピック開会式の演出「The Wind of Change」/ Getty Images


データから生み出す新しい風の表現


3つ目の利点である、「データという壮大な物語」についても詳しく解説します。

それが活かされたのが、風の動き。当初は、自然の風と同様に、ただランダムにしようと思っていたのですが、ずっとそれでいいのかモヤモヤしていました。

そんなときに、ふと選手のことを考えました。遠く故郷を離れて日本に来て、孤独に入場する選手たちを応援したいなと。だから、選手にとって、祖国を象徴するものであり、ずっと聴き慣れてきた「国歌」を、風の動きと連動させようと思ったのです。



そこで、国歌の音階、リズム、速さ、曲調などをパラメータとして、風の動き(速さ、太さ、風向機の数など)を自動生成することにしました。思いついたのが、本番まで2カ月を切るタイミング。すべての国の国歌がSpotifyにあることを発見し、助かりました。

結果的に、すべての国で異なる風の演出が完成しました。おかげさまで、世界中から、この風の表現を讃えるツイートがリアルタイムで届きました。



まだ誰も超えられてない演出の壁


もう一つ、デジタルテクノロジーとコンピューターの力を借りて実現した演出があります。

それはすべての選手の名前を会場に表示することです。

早い段階から、多くの選手が開会式に参列できないことを聞いていました。パラリンピアンは健常者よりも新型コロナに対してセンシティブな人が多く、万が一感染したら生命の危険に関わるリスクが高い方もいらっしゃるからです。

でも、だからこそ、すべての選手の名前を表示して「開会式に出場した」という証を作りたいと思いました。しかし、プロデューサー陣からの反応は「No. We think that’s impossible」。先ほどの「風」とは逆にネガティブなものでした。

プロデューサー陣には次のように言われました。

「選手は5000人前後になるので、フォントやレイアウトなどのデザインも、とてもコスト的にハマらない。それ以前に人の名前は絶対にミスがあってはならない。文字校正(誤字脱字のチェック)もその数だと不可能だ。さらにいえば、直前に選手が変わることもあり、その対応もできないだろう」

セーフティでエラーのない進行はプロデューサの任務なので、たしかにその意味では正しい指摘でした。実際に今までのオリパラで選手名を掲出したことがないのは、この高いハードルがあるからだといいます。
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文=田中直基

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