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2022.05.30

リーダーの「演じる力」

ロシア軍のウクライナ侵攻は、未だ危機的な状況にあり、前途は予断を許さないが、当初、数日で首都キーウを制圧し、ウクライナ全土を掌握できると考えていたロシア側の楽観的な見込みは大きく外れ、ウクライナ軍の必死の抵抗の前に、予想外の苦戦を強いられている。

その理由として、ウクライナ軍の士気の高さと防衛力、欧米からの支援、ロシア軍の訓練不足と戦略的誤りなど、様々な要因が語られるが、その重要な要因の一つが、ウクライナのゼレンスキー大統領の強いリーダーシップであろう。

ロシア側は、当初、「一斉侵攻が始まれば、コメディアン出身のゼレンスキーなどは、早々と国外に逃亡する」と予想していたと思われるが、実際には、彼は、猛攻に晒される首都キーウに踏みとどまり、毎日、メディアとSNSを通じて、ウクライナ国民と軍隊、そして、全世界の人々に、強力なメッセージを伝え続け、「勇気と信念のある国家リーダー」を見事に演じ切っている。

ここで「演じる」という言葉を使うと、日本という国では、この言葉を「欺く」「騙す」という否定的な意味に捉える文化があるため、疑問を覚える読者がいるかもしれない。しかし、「リーダーシップ」とは、生まれつき与えられているものではなく、実は、「演じる」ことによって後天的に身につけていくものである。すなわち、それは、自分が理想とするリーダー像を心に描き、優れたリーダーの姿から学び、自身がそうしたリーダー像を意識的に「演じる」ことによって、経験を重ねながら身につけていくものである。

それゆえ、欧米では、リーダーの「演じる力」を重視し、フランスのエリート養成機関である国立行政学院(ENA)や米国のビジネススクールなどでは、この「演じる力」を重要な教程としている。

そして、リーダーシップというものが「演じる」ものであるかぎり、プロフェッショナルとして「演じる力」を身につけた人間は、ときに、リーダーとして、見事な能力を発揮する。
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文=田坂広志

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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