新型コロナ、戦線トップで医師は見た 今価値を増す緊迫の記録

Photo by Carl Court/Getty Images


退職した保健師を呼び寄せてまで……


必要人員が集まったとしても、席や電話の不足やマニュアルがないこと、教える人がいないといった別の問題があった。

業務のなかでもっとも人手を取られたのが「電話」だ。当初は保険師が電話相談や患者対応、疫学調査をしていたが、患者が急増すると医療機関とのやりとりに支障がでてきた。状況はさらに厳しさを増していく。

人員問題を解決する手段として、退職した保健師たちに戻ってきてもらうことも検討された。しかしそれでも足りない。アルバイトの看護師を雇うことも考えられたが、勤務時間に課題があった。応援派遣の申し入れは助かるが、即戦力には難しい。

こうした状況にくわえて、保健所では陽性者が特定されないように気を遣わなければならなかった。マスコミからの追求とバッシングが激しくなるなか、保健師は傷つけられた陽性者の姿を目の当たりにしていたからだ。

保健所と病院の業務分担、多職種の連携システム、合理的かつ理論的な方策の実施、次の新たな感染症への備えなど残された課題は多い。個々人が賢明な判断ができるようになることも必要だろう。

一方で、感染症の流行をきっかけに保健所は「絶対に自分たちの手でやらなければならないことと民間委託できること、医療専門職でなければできないことと事務職でもできること、などの区別ができるようになった」という。

戦争状態にあった東京で保健所が何をしていたのかを具体的に知る人はそう多くないだろう。それくらい保健所は表舞台に出てこない存在だったのだ。

「地味で淡々とした組織であり続けることが、平和の象徴だったのだ」あとがきに綴られた著者の言葉には、祈りがこめられている。

『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020‐2021』(光文社新書)
保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020‐2021』(関なおみ 著、2021年12月刊、光文社新書)

馬場紀衣(ばばいおり)◎文筆家。ライター
馬場紀衣(ばばいおり)◎文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

文=馬場紀衣

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