光文社新書より刊行された『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020‐2021』では、保健所と東京都庁の感染症対策部門の課長として指揮を執りつづけた著者、公衆衛生医師の関なおみ氏が、コロナ対策の最前線で目撃し感じた、緊迫の実態が伝えられている。
以下、文筆家・馬場紀衣氏による読みどころを紹介する。
機能不全に陥った保健所
人類とウイルスの付き合いは長い。14世紀に流行したペスト、17世紀から18世紀にかけての天然痘、結核やコレラなど人は感染症と戦いながら暮らしてきた。そして2020年、中国のある地域で発生した原因不明の肺炎は、あっという間に全世界へと拡大していった。
本書は、自らを「活字中毒者」と呼ぶ公衆衛生医師が未曽有の事態のなかで経験したことをつぶさに記録した一冊。保健所と東京都庁の感染症対策部門の課長としてコロナ対策の第一線に立ち、指揮を執りつづけた著者はなにを目撃し、なにを考えたのか。逼迫した保健所の張り詰めた空気が伝わってくる。
新型コロナウイルスの感染が急拡大したことで、対応にあたっていた保健所が機能不全に陥ったことは、深刻な課題として浮き彫りになった。
そもそも保健所の仕事は、母子保健や健康問題に関わる助成事業の窓口を設けた「健康づくり系」と、取り締まり行政の側面をもつ「健康危機管理系」の大きく2種類に分けられる。そのうえで、感染症を担当する部署にいる職員の数は、そう多くないというのが保健所の現状だ。
「(東京都の場合)区全体でかき集めても公衆衛生医師は1、2名、多くて3名程度であり、保健師も人口規模によるが、20~50人程度である。保健所内の母子健康や精神保健、保険企画を担当している部署から応援を依頼しても限りがある。区役所内の職員健康管理部門や高齢部門、障害部門などに配属されている保険師を呼び集めても、足りない。事務職についても、どこの部署から何人という話を職員課と相談しなければならない」