果てしなき人間の食欲──小山薫堂×松原始スペシャル対談

東京blank物語 vol.21

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、動物行動学者の松原始が訪れました。スペシャル対談第3回(後編)。


小山薫堂(以下、小山):日本で、これまで食べなかったものを食べるようになった転換期はいつですか。

松原 始(以下、松原):明治初頭の肉食解禁令は大きかったでしょうね。牛肉が「文明開花」の旗印みたいにされて。

小山:徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜が大坂城で外交晩餐会を開いたとき、参加した武士が肉を初めて食べて、吐きまくったと聞きました(笑)。

松原:あり得る話です。

小山:食べるという行為は生命維持に不可欠、かつとても残酷なこと。それを普段意識しているか、していないかという違いは大きいのではないかと思うんです。

松原:ええ。ただ、人間というのはすごく自由な生き物でもある。西原理恵子のマンガだったか、アマゾンで漁師が生きた亀を獲ってきたら、子どもたちがわーいと喜んだ。そこで亀を生きたまま焚たき火の上に乗せた。すると子どもたちが「かわいいから飼いたい」と言い出し、漁師は「そうか」と火からおろしたと。その亀が食べ物かペットなのかという境界線が曖昧というか、秒で変わるんだなと思いました。

小山:そういえば昔、葉山にカワハギを飼っている鮮魚店があって。当然、売るために仕入れて生け簀に入れていたのに、そのカワハギがすごく懐いたらしく、「こいつだけは売れない!」と。そういう情というのは、人間特有のものですか?

松原:どうでしょうか。例えば鳥は雛に熱心に餌をやるけど、口をパクパク開けていれば、相手が金魚でもやるらしい。思考とか感情ではなく、反射なのかなと。

小山:なるほど。「おいしい」という感覚がある生き物は人間以外にいますか。

松原:ほぼすべての動物が、より栄養価の高いほうを食べますね。

小山:人間は、栄養価よりも味にいくじゃないですか。体に悪いとわかっていても食べたいときがあるくらいで。

松原:人間は好きなだけ食べられるようになったからでしょう。昔は脂なんかなかなか手に入らなかったわけだから「目の前にあるだけ食っておけ」と脳が命令する。脂と糖分に対して歯止めがかからないのはそのせいだと思います。ちなみに僕の研究対象のカラスも、甘い物と脂がすごく好きですよ。フライドチキンとかフライドポテトとか。マヨネーズも舐めますし。

小山:(笑)。人間の調味料のように、何かの実をかけて食べる動物はいますか。

松原:宮崎県の幸島に住む文化ザルは芋を海水で洗うんです。汚れに関係なく洗うので、「塩味が好きなだけ」という説もある。

小山:そもそも必要だから、おいしいと感じるのでしょうか。

松原:1〜2%の塩味をおいしく感じるというのは、そのくらいが体に必要不可欠だからでしょうね。
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文=小山薫堂 写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.093 2022年月5号(2022/3/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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